昨年のワールドシリーズ覇者ロサンゼルス・ドジャースに対し、トロント・ブルージェイズの新人ピッチャー、トレイ・イエサベージは29日、12の三振を奪い観客を沸かせた。シーズン終盤にマイナーから昇格して以来、22歳の同選手が得た報酬は6万ドル(約900万円)に満たないという。一方、ドジャースの大谷翔平選手は10年7億ドルの契約を結んでおり、スポーツ史上屈指の高額報酬を約束されている。

この対比は両チーム、および両国間の経済格差を浮き彫りにしている。ドジャースは豊富な資金力とスター選手を擁し、当初からワールドシリーズ2連覇を期待されていた。一方、米国外唯一のMLBチームであるブルージェイズは、昨年はアメリカンリーグ東地区最下位。それが今年は優勝という栄誉に、あと1勝というところまで来た。

トランプ米大統領に貿易戦争を仕掛けられ、米国51番目の州にすると脅されるカナダでは、怒れる消費者が米国製品をボイコットしている。その中でブルージェイズはあり得ないとされていた快進撃で、カナダの粘り強さの象徴となり、国民のプライドをかき立てている。

31日の第6戦を控え、トロントは熱狂に包まれている。スタジアムが遠くに見えるホテルの宿泊費は高騰。転売サイトで売られている試合のチケットは30日深夜の時点で、一番安いもので約1280ドルだった。

熱狂的なブルージェイズ・ファンの不動産業者、サム・マクダディ氏には、ブルージェイズがロサンゼルスでの第4戦に勝利しシリーズをトロントに持ち帰ることが決まる直前から、「1枚でいいから」と懇願する連絡が殺到したという。同氏自身も友人と観戦予定で、1枚3000カナダ・ドルでチケットを購入していた。このチケットに1枚3万ドルのオファーが来たが「これはワールドシリーズだからね。めったにない貴重な機会だ」と、売却はしなかった。

チームを所有するロジャーズ・コミュニケーションズは、ロサンゼルスで戦われる試合をロジャーズ・センターの巨大スクリーンで放映する観戦イベントを開催。チケットは完売で、これまでの3試合に8万5000人以上がスタジアムを訪れた。

シーズン開幕時点の賭け市場では、ブルージェイズに賭ける者はほとんどいなかった。春季キャンプ中にブルージェイズの優勝を予想していた人には、1000ドルの賭けで6万ドルの配当が約束されていた。

ロジャーズ・コミュニケーションズはスタジアムの改修に巨額を費やし、大谷選手の獲得に失敗した後は主砲のゲレロ選手と5億ドルで契約を延長するなど、チームに多額の資本を投じてきた。CIBCのアナリスト、ステファニー・プライス氏によれば、ロジャーズはプレーオフ初期のホームゲームで最大5000万カナダ・ドル(約55億円)の収益を得たと推計され、ワールドシリーズでも同様の収益が期待される。

 

その額は年間売上高約210億カナダ・ドルを見込む同社にとっては一部に過ぎないが、自社メディアと連動したマーケティング戦略は成功している。イエサベージ選手の歴史的な好投を中継した試合は、カナダ人口の約17%に相当する720万人が視聴。視聴率は過去最高を記録した。

トロントのビジネス界が動かないはずはない。スタジアムに併設されたマリオット・ホテルは、第6戦と第7戦の観戦用に球場が見える客室55室を28日に発売した。価格は1泊8500カナダ・ドルからで、即完売だったという。30日の夜にはキャンセル分が約1万2000カナダ・ドルで売りに出された。

 

チケット転売サイトのシートギークによると、2025年の平均チケット価格は過去最高ではない。それでもホームプレートからはるかに遠い席でさえ、価格は高騰している。「シリーズが進むにつれ、トロントの需要が急増している」と同社のクリス・レイデン氏は述べている。31日に優勝が決まらず、第7戦が実現すればさらに高騰する見込みだ。

トロントのヘッジファンド、アンソン・ファンズの共同創業者モーズ・カッサム氏は、金融機関が抑えているVIP席は優良顧客に特典として提供されていると指摘。ただし、試合が始まった後の商談は禁物だという。「試合が始まれば、誰もが固唾(かたず)をのんで見守ることになる」とカッサム氏は話した。

原題:Toronto’s Improbable World Series Run Stokes Pride, Big Spending(抜粋)

--取材協力:Stephanie Hughes.

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