(ブルームバーグ):トランプ米大統領が返り咲いた後、中国に対して講じた最初の措置の一つが、中国製品への10%の関税賦課だった。これは、フェンタニルおよびその製造に使用される化学物質の違法輸出を抑制できなかったとして、中国を制裁する狙いがあった。
フェンタニルは、強力かつ高い依存性を持つ合成オピオイドであり、術後や慢性的な痛みの治療薬として医師によって合法的に処方されることがある。一方で、比較的安価かつ製造が容易なため闇市場でも出回っており、違法に流通するフェンタニルは、過去10年にわたり米国で過剰摂取による死亡増加の一因となっている。
初回の関税が導入された翌月の3月、トランプ氏は方針をさらに強め、関税率を20%に引き上げた。これに対し中国も報復措置として、米国産の複数の農産品に10〜15%の関税を課した。こうした応酬は数カ月にわたり続いたが、やがて双方は貿易戦争の一時休止に向けた姿勢を示した。
10月30日、韓国で行われた中国の習近平国家主席との首脳会談を受けて、トランプ氏は、フェンタニル関連の中国製品に対する関税を直ちに半減すると発表した。

トランプ氏が中国を標的にした理由は?
トランプ氏が2月に署名したフェンタニルに関する大統領令は、「(中国共産党が)PRC(=中華人民共和国)の化学企業に補助金を支出するなどして、フェンタニルおよび、米国内で違法に販売されている合成オピオイドの製造に使用される前駆体化学物質の輸出を奨励している」と明記した。さらに、中国政府が、フェンタニル販売による収益を資金洗浄している国際的な犯罪組織に対して「安全な拠点(セーフヘイブン)」を提供しているとも非難した。
トランプ氏が中国指導部に対し、麻薬取引撲滅に関する過去の約束を守っていないと非難したのは今回が初めてではない。2023年末には自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」に、習主席が18年に麻薬密売人に死刑を科すと約束したものの、それを撤回したと投稿した。
これに対し、中国はフェンタニル取引に対して断固たる取り締まりを行ってきたと同国外務省の当局者は反論。米政府は中国製品への関税措置ではなく、「多大なる謝意」こそ示すべきだったと述べた。また、米政府に通商分野での対話継続の重要性を訴え、米国との協力を引き続き進める意向を示した。
中国はフェンタニル取引でどのような役割を果たしているのか?
米議会の諮問機関、米中経済安全保障調査委員会(USCC)が2021年に公表した報告書は、大規模な化学産業を持つ中国は「米国に密輸される違法フェンタニルおよび関連物質の主要な原産国であり続けている」と指摘している。
しかし、中国がフェンタニルの供給網において果たしている役割は変化している。米麻薬取締局(DEA)によると、2019年以降、中国の密売業者は完成品のフェンタニルを製造するのではなく、主に前駆体化学物質をメキシコの麻薬カルテルに輸出する形に移行している。完成品の製造と流通はカルテル側が担っているという。
フェンタニル取引抑制に向け中国がしてきたことは?
2018年、アルゼンチンで開かれたG20サミットでトランプ氏と習氏が会談した後、中国はフェンタニル製造に関する監督強化と規制の見直しを約束した。中国政府は国内の密輸組織に対する捜査において、米国の法執行機関の関与を拡大することも認めた。
約束を履行する形で、中国は19年、同国をフェンタニルの最大輸出国とする要因となっていた違法製造ラボの取り締まりを妨げていた制度上の抜け穴をふさいだ。同年には、フェンタニルを米国に密輸した罪で中国人3人に厳罰を科し、1人に執行猶予付きの死刑判決を、残る2人には無期懲役を言い渡した。
しかし、台湾問題や新型コロナウイルスを巡る対立により米中関係が悪化し、両国の協力は停滞した。22年8月、中国は米国との麻薬対策および法執行に関するあらゆる協力を正式に停止したと発表。その後、バイデン政権の末期になって協力は再開された。
ただ、こうした協力にも限界がある。米国大使館の関係者によれば、19年以降、中国当局はフェンタニル取引に関連する有罪判決について、米国側に一切通知していないという。この関係者は非公開の事案に関する発言であることを理由に、匿名を条件に語った。
トランプ氏がフェンタニル関連の関税を引き下げた理由は?
トランプ氏は30日、習氏との「素晴らしい会談」の結果、米中間で通商合意に達し、中国製品に対するフェンタニル関連の関税を半減すると発表した。トランプ氏は、中国がフェンタニル製造に使われる前駆体化学物質の流通を抑制するために、具体的な措置を講じるとの期待を示した。
トランプ氏は「この死の流入を止めるために、習主席は真剣に取り組むと私は信じている」と語った。
今年トランプ氏が関税を導入して以降、中国当局はそれまで未分類だった前駆体化学物質2種を易制毒化学品の第2類に新たに指定した。これらの物質は7月20日から厳格な監視対象となっている。
原題:Why Trump Put Fentanyl at Core of US-China Trade Spat: QuickTake(抜粋)
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