(ブルームバーグ):米連邦通信委員会(FCC)のブレンダン・カー委員長が注目を集めている。
これまでこの職務はそれほど目立つことはなかったが、カー氏が深夜番組の司会者ジミー・キンメル氏を攻撃し、その結果、人気トーク番組が無期限停止に追い込まれたことで、全米がこのニュース一色に染まった。セレブや評論家を激怒させ、民主党指導部からは辞任要求が出ている。
カー氏をFCCトップに起用したのは、トランプ大統領だ。46歳のカー氏はトランプ氏の強力な支持者で、トランプ政権に批判的な報道機関に対して、トランプ氏の不満を代弁するかのように職権を行使してきた。
いつもは手頃なインターネットサービスの普及などに重点を置くFCCを率いる立場にありながら、カー氏はルール作りや許認可権限を超えた領域に踏み込み、メディア全体に影響を及ぼすような発言を繰り返している。
放送におけるリベラル偏向を批判している団体センター・フォー・アメリカン・ライツのダニエル・スア代表はカー氏について、「昔から少しオタク気質の保守系弁護士であることに変わりはない。変わったのは、政策で成果を得るため権力のてこを使う姿勢だ」と語った。
ウォルト・ディズニーは突如として、傘下ABCネットワークの「ジミー・キンメル・ライブ!」の放送打ち切りを決めた。そこに至ったきっかけは、カー氏が右派系ポッドキャスト司会者ベニー・ジョンソン氏と行った17日の対談だ。
その内容は、保守系活動家チャーリー・カーク氏殺害の容疑者に関するキンメル氏の発言についてだった。キンメル氏は15日夜のモノローグで容疑者に言及。保守系の論者らは、犯人の政治的信条についてキンメル氏が誤って描写したと批判していた。
カー氏は、全米ネットが提供する番組が地域視聴者の価値観に合わない場合、放送をやめるよう地方局のオーナーに促し、ABCがFCCの調査対象となり得るとの見方も示した。
その数時間後、ABC系列の地方局を20余り持ち、現在FCCに合併承認を申請しているネクスター・メディア・グループがキンメル氏の番組を放送しないと発表した。
ABCの親会社ディズニーも続いて、キンメル氏の番組の放送を休止すると明らかにした。その後、カー氏はFOXニュースやCNBCに出演し、ネクスターの判断について「メディアエコシステム(生態系)全体で今起きているはるかに大きな変化の兆しだ」と述べた。

カー氏はトランプ氏の発言をなぞるように、ABCのようなネットワークが深夜トーク番組の司会者を相次いで降板させていることについて、視聴者数の減少によるもので、そこでの論評が好まれていないからであり、FCCや政権からの圧力が理由ではないと示唆した。
FCCは、ABC系列局のような放送局の番組内容を直接取り締まっているわけではない。ただし、放送を継続するための免許を各局に付与しており、その免許には放送内容で公共の利益に資するという義務が伴う。
放送局が免許を失う基準は非常に厳しく、物議を醸す発言を含む全米ネットの深夜番組を放送したとしても、処分を受ける可能性は低いとみられる。
規制緩和
それでも、カー氏がキンメル氏を放送から降ろすべきだと示唆した後、実際にそうなった。
ベントン・インスティチュート・フォー・ブロードバンド・アンド・ソサエティーのアンドリュー・ジェイ・シュワルツマン上級顧問はこれに関し、各局の免許が取り消される現実的な可能性がないにもかかわらず、放送局側がいかにカー氏に取り入ろうとしているかを示していると分析。
シュワルツマン氏は電子メールで、ローカルテレビ局の業界がキンメル氏の番組打ち切りに示した反応は「この業界にとっての最優先課題、つまりFCCによる保有局数の上限撤廃に行き着く」と説明。
さらに「規制緩和を最も強く望むネクスターが真っ先に動いたのは偶然ではない」との見方を示した。同社は別の大手局オーナー、テグナを買収することで合意し、統合を目指している。
トランプ氏は18日、カー氏を称賛。トランプ氏が報道に否定的であることと、その結果としてテレビ局の免許が取り消される可能性の直接的な関係をうかがわせた。
「彼らは免許を得ている」とトランプ氏は放送局について語った。「もしかすると免許を取り消すべきかもしれない。最終的にはブレンダン・カー次第だ。私はカーを優れた人物だと思う。彼は愛国者で、この国を愛しているし、タフな男だ。どうなるか見ていくことになるだろう」と話した。
許認可構造
カー氏の行動は、通信法やFCCの政策、そしてそれらをどう活用するかについての深い理解に基づいている。カー氏はFCCのベテランで、トランプ政権1期目の初期にはFCCの法務顧問を務めた。2017年には当時のアジット・パイFCC委員長の下で、委員長を含め5人いるFCC委員の1人に昇格した。
FCC委員としての大半の期間、カー氏は放送の表舞台からは外れた存在で、第5世代(5G)通信インフラやブルーカラーの通信労働者に関するプロジェクトを主導してきた。
現場では反射ベストやヘルメットを着用し、作業員と共に工事現場に立ち会い、時には放送塔や携帯電話基地局のタワーに登ったこともあった。
しかし、バイデン前政権下でカー氏は存在感を高め、トランプ氏の政策路線とより強く歩調を合わせた。ソーシャルメディアにおける保守派への検閲とされる行為を非難したが、こうした分野はFCCの規制権限外だ。
カー氏は、連邦政府を再編し、極右的政策に沿って大統領権限を集中させることを狙う有力法律家団体フェデラリスト・ソサエティー主導の政策綱領「プロジェクト2025」にも寄稿し、トランプ政権2期目発足に向けた青写真づくりに関わった。
今年1月にFCCのトップに就任して以来、カー氏はその路線を継続し、自らの優先課題を明確にしつつ、企業側に歩み寄りを促す余地を残している。通信企業における多様性・公平性・包括性(DEI)の取り組みを排除することに力を注ぎ、合併承認はこうした方針を撤廃することを条件とする姿勢を公言してきた。
TモバイルUSやベライゾン・コミュニケーションズなどの企業は、買収承認を得るためのロビー活動の過程で譲歩を強いられた。カー氏の影響力は、パラマウント・グローバルとスカイダンス・メディアの合併にも及んだ。
スカイダンスの自発的とされた譲歩にカー氏が満足の意を示したわずか数時間後、カー氏は合併全体を承認した。
譲歩にはDEIポリシーの取り下げや、ニュース偏向に関する苦情を扱うオンブズマンの設置などが含まれていた。CBSやMTVなどの親会社パラマウントは、CBSニュースの報道に偏向があると主張するトランプ氏が起こした訴訟を決着させ、トランプ氏批判で知られるコメディアン、スティーブン・コルベア氏が司会を務めていた深夜番組も終了させた。
カー氏はまた、衛星ネットワーク運営会社エコスターが保有する数百億ドル規模の周波数ライセンス群について、商業的により有効な用途に活用しなければ取り消すと警告した。
トランプ政権入りし今年前半に存在感を増していたイーロン・マスク氏も、自ら率いる宇宙開発企業スペースXの衛星インターネット「スターリンク」向けにこうした権利の獲得を狙っていた。
最終的にカー氏は、エコスターがライセンスをAT&TとスペースXに総額400億ドル(約5兆9200億円)で売却する計画を承認し、売却を促した規制調査を打ち切った。
カー氏は、メディア業界の地殻変動はまだ終わっていないとの考えを示している。
「私たちは多くの要因によって、メディアエコシステムにおけるダイナミクスの大規模な変化の真っただ中にある。再び言うが、トランプ大統領の当選がもたらした許認可構造もその一因だ。そして私は、この変化の結果を目にするのはまだだと言っておきたい」とCNBCに18日出演したカー氏は述べた。
原題:Who Is Brendan Carr? Meet the Regulator Behind Kimmel’s Removal(抜粋)
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