ミレニアム・マネジメントやシタデル、ポイント72アセット・マネジメントは、損失を出したトレーダーに対する容赦のない対応で知られている。対応は厳しく迅速で、責任を問われた人物は即座に退場させられるのが通例だ。

しかし、総額4兆5000億ドル(約664兆円)規模に膨らんだヘッジファンド業界では、トップファンド同士による熾烈(しれつ)な人材争奪戦がこうした常識を覆しつつある。ウィンストン・チョン氏、デービッド・ブロドスキー氏、ポール・ネッター氏、ロブ・バーナム氏といった著名ファンドの有力運用者は、数千万ドル規模の損失を出したにもかかわらず、「再起のチャンス」を与えられた。

ファンドは運用者の過去の輝かしい実績を評価し、いずれ立ち直ると信じて、即座に解雇する判断は下さなかった。ところが、そのトレーダーたちが皆、高額報酬を提示されライバルの大手ヘッジファンドへと移籍してしまった。

ミレニアムはチョン氏とネッター氏を失った。チョン氏はショーンフェルド・ストラテジック・アドバイザーズに移り、ネッター氏は一時的な引退を経てポイント72に加わった。バーナム氏はポイント72からシタデルへ、ブロドスキー氏はシタデルからバリアズニー・アセット・マネジメントへと移った。

人材争奪戦は、競合を窮乏化させるための高コストな作戦となっており、一部の有力投資家やファンド幹部の間から問題視する声が上がっている。それでも業界大手が次々とこの動きに加わっているのが現状だ。潤沢な顧客資金を運用するために、トレーダーの確保と補充を巡る争いがいかに熾烈かを如実に示している。

今や、大きな損失を出したベテランのポートフォリオマネジャーは、失敗の烙印(らくいん)を押されるどころか、引く手あまたな人材となっている。

一度は評価を落としたトレーダーも、一時的に調子を崩しただけと見なされる。事情に詳しい複数の関係者によれば、損失を出して弱さを見せた瞬間こそ、トレーダーは最も引き抜きやすく、意欲的で、しかも報酬も割安になるという。以前の職場で損失を取り戻すより、新天地で再出発する方が効率的だと判断しがちになる。

ヘッジファンドの人材採用を手がけるジェーソン・ケネディ氏は「たとえ傷付いていてもライオンはライオンだ」と語る。「命に関わるような傷ではない。いずれ回復する。そして完全に復活すれば、そのライオンはもっと高く評価されるようになる」。

だが、複数のファンドに資金を振り分けて投資するヘッジファンドの出資者たちは、こうした慣行に懐疑的だ。大口出資者の1人によれば、顧客はこうした人事の動きを知る術もなく、ましてや決定に関与することもできない。その結果、最初のファンドで出した損失を受け入れざるを得ず、同じトレーダーが別のファンドで再起する際のコストまで負担させられているという。

実際、バーナム氏は移籍先のシタデルでも数千万ドル規模の損失を出し、すでに解雇されている。あるマルチ戦略型ヘッジファンドの創業者は、成績不振のトレーダーに高額な契約金を支払い、長期のガーデニング休暇(退職後の就業禁止期間)を終えるのを待つやり方は愚の骨頂だと批判し、人材市場の過熱がピークに近い兆候かもしれないと指摘する。

一方で、さほど否定的ではない声もある。元ポイント72のマネジングディレクターで現在はトレーダー育成に携わるマーク・グリーンバーグ氏は人材争奪戦について「奇妙ではあるが、ビジネスの必要経費だ」と語る。業界全体を見ても、何十億ドル規模のトレーディングを任された経験を持つ人材はごくわずかであり、競争は不可避だ。

ミレニアム、シタデル、ポイント72、バリアズニーといった大手マルチ戦略ファンド会社は、スター人材を引き抜いたり引き留めたりするために、有給サバティカル(長期休暇)や巨額の契約ボーナス、最大1億2000万ドルに上る報酬保証といった条件を提示している。その費用は、「パススルー」と呼ばれる不透明な手数料として、最終的には顧客が負担している。

 

米国の年金基金などの重要投資家は、ほぼ全ての費用を負担させられる現行の仕組みに対し不満を示し始めている。ある大手機関投資家の関係者は、「これまで好調だった運用成績が失速し始めているファンドも出てきており、このままでは出資者からの反発が激しくなる可能性がある」と警鐘を鳴らした。

こうした状況を受け、ポイント72、シタデル、バリアズニーなど一部のファンドは、トレーディングアカデミーやブートキャンプを通じて自前で次世代のスター人材を育成する取り組みを始めている。

また、他ファンドへの移籍の方が得になるというゆがんだインセンティブの是正を模索する声もある。

とはいえ、再出発できるという心理的魅力は簡単には抗し難い。損失が膨らみ、解雇の不安が頭をよぎる中で、トレーダーが自力で状況を好転させるのは難しい。たいていの場合、運用資金が削減され、損失拡大の余地も限られていく。どれほど野性的な「ライオン」であっても、この段階ではリスクを避ける姿勢に転じざるを得なくなる。

数百万ドルの報酬と、競業避止期間中に長期休暇を取ってリフレッシュできる機会が得られるなら、冷静な計算で移籍を選ぶのも無理はない。

こうした流れを愚かだと評するマルチ戦略ファンドの創業者は、いずれ投資家たちが現在背負わされている莫大(ばくだい)なコストに対してはっきりと、もう限界だと声を上げる時が来るだろうと警鐘を鳴らしている。

原題:Hedge Fund Traders on a Bad Streak Are Hottest Recruits Around(抜粋)

--取材協力:Katherine Burton、Bei Hu.

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