(ブルームバーグ):アルゼンチン北東部ミシオネス州の丘陵地帯にある農場で、イリアナ・バユラさん(43)は黄色い手袋をはめた手をもみながら、密生した植物に夫がなたを振るうのを見守っていた。
その朝、収穫したのはアルゼンチン人の多くが日常的に飲むカフェイン入り飲料「マテ茶」の材料となる葉、イェルバマテだ。1キロ収穫して得られたのは180アルゼンチンペソ(約20円)だった。
価格は前日から20ペソ下がった。2023年12月にミレイ大統領が就任した当時は250ペソが一般的だったが、自由主義を掲げるミレイ氏は何千件もの価格統制を撤廃した。
マテ茶はサッカーのリオネル・メッシ選手が母国の国民的シンボルとして世界に広めたことでも知られる。
リバタリアン(自由至上主義者)のミレイ氏は数十年にわたる国家介入から一転し、何千件もの価格統制や規制を撤廃した。規制は、アルゼンチン企業を支えてきた一方で、制約も課してきた。
大統領就任からわずか10日後、マテ茶規制の政府機関である国立マテ茶研究所(INYM)の価格設定権限を制限し、その後、スーパーマーケットにおける価格凍結措置も廃止した。
こうした改革は、長年苦境にあったアルゼンチン経済の安定化と、かつて300%近くまで達したインフレ率の沈静化を背景に投資家から喝采を浴びた。
しかし同時に、世界で異端とも言える政権となった。世界中で貿易摩擦が激化し、自由貿易を擁護してきた国ですら関税を引き上げる中で、ミレイ氏は国内主要産業への支援を次々と撤廃している。
アルゼンチン人が愛するマテ茶は「プラヤディート」「タラグイ」「クルス・デ・マルタ」といったブランド名で販売されており、インフレ調整後の価格が急落している。
長年にわたり国家の過剰な保護政策に支えられてきた業界にとって、この変化は極めて厳しいものとなっている。
ミレイ政権の「ショック療法」が始まって1年半が過ぎ、ミシオネス州および隣接するコリエンテス州の赤土の大地で生計を立てるマテ茶農家の約1万人はなんとか持ちこたえている状態だ。

バユラさんは11歳の娘が足元で子犬と遊ぶ傍らで、「全てが崩れ落ちた」と語る。「以前は苦しくても、トラックを修理したり、タイヤを買ったりできた。でも今は、中古タイヤがないか探しに行くしかない」と述べ、「これが私たちの唯一の収入源」で、「やめたら食べられなくなる」と打ち明けた。
「無政府資本主義者」
INYMは年2回、農業労働者や連邦政府関係者、業界の代表者らを集め、生葉および乾燥葉の最低価格を設定してきた。ミレイ氏はこうした政策は経済のゆがみを生み、結果として保護しようとする人々をかえって傷つけると以前から主張していた。
大統領に就いたミレイ氏は大規模な改革の一環として、INYMからそうした権限を取り上げた。米シンクタンクのケイトー研究所によると、自称「無政府資本主義者」のミレイ氏は就任1年目で国営航空会社や郵便事業に有利な規則を含む670件余りの規制を変更・廃止した。
以前のこうした規制の下でも、水面下での売買を通じて市場原理がある程度働く余地は残されていた。
ミシオネス州オベラで長年にわたり紅茶とイェルバマテの生産に携わってきたエンリケ・ウルティア氏によれば、供給過多の時期には、生産ラインで農家の次の工程を担う乾燥業者が公定価格に基づき小切手を切り、農家側がその差額を現金で渡すという取引が行われていたという。
しかし、ミレイ政権は価格決定を完全に市場に委ね、その結果、価格変動は極めて急激なものとなっている。規制撤廃後、最初の収穫期となった24年3月には、価格が大きく上昇し、従来の最低価格を上回ったが、その後は価格が急落。
同年7月には約260ペソまで下がったと、オベラ出身で生産者の調査を行っている元農民のクリスティアン・クリングベイル氏は推計している。地域や乾燥業者によって価格にばらつきはあるものの、この間の累積インフレ率は100%近くに達していた。
こうした急落の一因は、ミレイ政権の改革と重なる形で生産量が急増したことにある。INYMのデータによると、昨年のイェルバマテ収穫量は過去最多の110万トンに達し、23年比で27%増えた。
アルゼンチン経済をけん引する大豆や牛肉の輸出と異なり、イェルバマテは消費の大半が国内にとどまっている。INYMによれば、国内需要は依然としてミレイ政権発足前をわずかに下回る水準だ。
今年の収穫量は、24年の同時期と比べて20%減少している。一部の生産農家が価格を回復させようと作付けを縮小しているためだ。しかし、その一方で、苦境に耐えられず完全に撤退する生産者も出てきている。
「子どもの頃、祖父の農場に行くのが楽しみだった。イェルバマテの収穫をしたり、トラクターに乗ったりね」と、クリングベイル氏は幼少期を過ごした自宅前でトラックの冷却装置を取り付けながら語った。
彼は最近、農業をやめて父親の自動車修理場で働く道を選んだ。「採算が全く合わなかった」ためだという。
原題:Messi’s Favorite Drink Is Rocked After Milei Ends Price Controls(抜粋)
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