お金の未来を変える地殻変動が始まっている
2009年にビットコインが誕生した当初、それは一部のコンピューター技術の愛好家による実験的な動きという要素が強かった。
その後、「暗号資産」は価格の乱高下や事件のニュースとともに語られるなど、多くの人にとって「よくわからない、少し怖いもの」という印象が強かったといえる。
しかし、2025年の現在、状況はかなり変わってきた。トランプ政権下の米国では、暗号資産・デジタル金融に関する大統領令・法律・法案が相次いで成立している。
たとえば、2025年7月に成立した「GENIUS法」は、ステーブルコインと呼ばれるドルと連動するデジタル通貨を、銀行と同じレベルの厳しい規制の下で発行できるようにした法律である。
これにより、企業や個人が安心してデジタル通貨を日常的に使えるようになり、従来の銀行送金よりも速く、安く決済できる仕組みが整ってきた。
これらの政策により、暗号資産は私たちの日常生活により身近な存在となってきている。
スマートフォンのアプリで海外送金が瞬時にできたり、給料の一部を暗号資産で受け取ったり、オンラインショッピングでデジタル通貨を使ったりすることが、技術的な知識がなくても簡単にできるようになりつつある。
暗号資産はもはやコンピューター技術の愛好家などの専門家や投資家だけにかかわる話ではなくなってきた。本レポートは、米国における暗号資産についての政策の現状と、それが示す未来への展望を示すものである。
トランプ政権が進める「暗号資産の一般化」戦略
この大きな変化の背景にあるのが、トランプ政権下で暗号資産を社会に浸透させるべく、国家戦略として矢継ぎ早に打ち出されている政策の数々である。
政府発行のデジタル通貨を禁止する大統領令
2025年1月の大統領令14178は、政府がデジタル通貨を作ることを禁止した。これは中央銀行デジタル通貨(CBDC)と呼ばれるもので、簡単に言えば「政府版の電子マネー」のようなものである。
なぜこれを禁止したのか。政府がデジタル通貨を発行すると、国民がいつ、どこで、何にお金を使ったかがすべて政府に筒抜けになってしまう。家計簿を政府に見せているのと同じ状態である。
プライバシーの観点から問題があるとして、トランプ政権は政府による管理ではなく、民間企業による暗号資産に任せる方針を選んだ。代わりに「デジタル資産市場に関する大統領作業部会」という組織を新設した。
これは政府の各省庁と民間企業が一緒になって、暗号資産が健全に発展できるよう、適切なルール作りを進める司令塔のような役割を果たす。
ビットコインを国の財産として保管する大統領令
2025年3月の大統領令14233は、アメリカ政府が持っているビットコインを売らずに取っておくことを決めた。これを「戦略的ビットコイン備蓄」と呼んでいる。
従来、政府は犯罪者から押収したビットコインを市場で売却して現金化していた。しかし今回の決定により、そのビットコインを金(ゴールド)のような貴重な資産として国が保管し続けることになった。
これは「ビットコインにも金と同じような価値がある」と国が公式に認めたということを意味する。ただし、犯罪被害者への返還など、どうしても必要な場合は例外的に売却される。
価格安定型暗号資産のルールを定める法律
2025年7月に「GENIUS法」という法律が成立した。これはステーブルコイン(価格安定型の暗号資産)という特殊な暗号資産に関する初の包括的な法律である。
ステーブルコインとは、価格が安定するよう設計された暗号資産のことだ。通常のビットコインは価格が大きく上下するが、ステーブルコインは常に1ドル=1ステーブルコインのように、米ドルと同じ価値を保つ。
これを実現するため、発行企業は発行した分と同じ金額の現金や国債を銀行に預けておく必要がある。電子マネーに近いが、国境を越えて瞬時に送金できる点が大きく異なる。
この法律により、ステーブルコインを発行したい企業は政府の厳しい審査を通らなければならなくなった。財務状況を定期的に公開することも義務付けられる。
これにより安全で信頼できる「暗号資産版米ドル」の決済網を世界中に広げる基盤ができた。
暗号資産の管理ルールをはっきりさせる法案
「CLARITY法」という法案は、各種の暗号資産を「株式のようなもの」と「商品のようなもの」にきちんと分類して、どの役所が管理するかをはっきりさせるものである。
現在、同じ暗号資産でも、証券取引委員会(SEC)は「これは株式と同じ扱いだ」と言い、商品先物取引委員会(CFTC)は「いや、これは商品と同じだ」と主張することがある。
企業にとっては「結局どっちの規則に従えばいいのか分からない」という困った状況が続いていた。
この法案が通れば、どの暗号資産がどちらの分類になるかがはっきりし、企業は安心してビジネスを進められるようになる。
大手投資家も「ルールが明確なら投資しやすい」として、市場参入が期待される。2025年7月に下院で可決され、現在は上院で審議中である。
銀行による不当な取引拒否を防ぐ大統領令
2025年8月、「すべての米国人に公正な銀行業務を保証する」という大統領令が出された。これは、暗号資産関連企業が銀行から一方的に口座を閉じられる問題を解決するためのものである。
これまで多くの銀行は、暗号資産関連企業に対して「イメージが悪いから」「何となく怪しいから」という曖昧な理由で銀行口座の利用を拒否してきた。これを「デバンキング」と呼ぶ。
合法的にビジネスをしている企業でも、銀行口座がなければ事業を続けることは困難である。
この大統領令は、銀行が取引を拒否する際には「具体的にどんな法的問題があるのか」を明示するよう求めている。
「なんとなく心配だから」という理由だけでは取引拒否の正当な理由にならないと明確にした。これにより、暗号資産企業も他の業界と同じように、公平に銀行サービスを利用できるようになる。
退職金でも暗号資産に投資できるようにする大統領令
同じく2025年8月、会社員の退職金制度(401(k))で暗号資産などへの投資を可能にする大統領令が出された。
従来、401(k)のような退職金制度では、投資先は株式や債券などの伝統的な金融商品に限られることが多かった。「安全第一」という考え方から、新しい投資商品は避けられる傾向にあったのである。
しかし今回の大統領令により、適切な規制の下で、暗号資産を含む様々な投資商品を退職金で購入できるようになる可能性が高まった。
401(k)の総額は約8.7兆ドル(約1,300兆円)という巨額なもので、この資金の一部が暗号資産市場に流れ込めば、市場規模は大幅に拡大すると予想される。
これら6つの政策は、個別の規制の寄せ集めではない。これらは、デジタル金融時代における米国のリーダーシップを確固たるものにするため、周到に設計された国家戦略の構成要素である。
まず、「官製デジタル通貨(CBDC)」ではなく、「民間主導のデジタルドル(ステーブルコイン)」によって、ドル基盤の決済ネットワークを世界中に拡張することを目指している。
GENIUS法で安全性を担保し、CLARITY法で市場の透明性を高め、デバンキング是正で事業者の活動を保障することで、民間企業の活動を促進する仕組みを作っている。
次に、ビットコインを国家備蓄とし、401(k)での投資対象への道を開くことで、暗号資産を「国家が認める公式な資産」として位置づけている。
このように、トランプ政権の戦略は、ドル覇権の維持と新しいデジタル資産市場の主導権確保という二つの目標を同時に達成しようとするものである。