中国発のキャラクター「ラブブ(Labubu)」のブームを事例に、現代における消費の流動化、リキッド消費(liquid consumption)の構造を考察する。
ラブブは、ハイブランドとの共演やインフルエンサーによる拡散を通じて、SNS上のトレンドの象徴となった。
その過程で投機や転売の対象へと変化し、一般消費者が実際に手にすることは難しくなった結果「SNSでは誰もが知っているのに、現実では誰も持っていないキャラクター」という矛盾を生み出した。
本稿では、この現象をリキッド消費のうち、とくに短命性(ephemerality)の観点から捉え、SNSが生み出す「可視化された欲望」の連鎖と、それに伴う過熱的短命性の構造を明らかにする。
ラブブの流行は、人々の関心・共感・欲望が瞬間的に立ち上がり、同じ速さで消費されるという現代的リズムを示しており、本稿はこの事例を通じて、現代消費社会における「流行の寿命」と「欲望の可視化」がいかに消費文化の構造を変化させているのかを考察する。
「ラブブって、もう流行ってないよね」
先日、電車の中で「ラブブって、もう流行ってないよね」という会話が耳に入った。
その言葉に、思わず「たしかに、そうかもしれない」と心の中でつぶやいた。
一方で、SNSを見ればいまだにラブブの投稿を見ない日はない。
しかしその熱量は、かつての爆発的な盛り上がりとは少し違う。完全に終わったわけではないが、熱狂の形が変わり、静かに次のフェーズへ移りつつある。
ラブブ(Labubu)は、「THE MONSTERS」というシリーズの中のキャラクターのひとつ。ウサギのような耳と鋭い歯を持つ小さな妖精だ。
愛らしさと奇妙さを同居させたその造形は、従来の“癒やし系キャラ”の系譜から少し外れたところに位置している。
香港在住のアーティストKasing Lung氏がデザインしたキャラクターで、販売元は中国の玩具メーカー「POP MART」だ。
ラブブは中国国内のみならずグローバルに拡散し、日本でも、都市部を中心に販売されている。
かたや、このラブブを知らないという読者も少なくないのではないだろうか。
SNSを中心に広がったトレンドであり、SNSを利用していない、もしくはそのようなトレンドをSNSで追っていなかったら、いわゆる現実社会では「ラブブ」そのものを目にする方が稀だからである。
しかし、SNSにおいては圧倒的な存在感を放っている(ようにみえる)。
ちなみに株式会社digdigによる「Z世代・α世代が選ぶ 2025年上半期トレンドランキング」の「バズったキャラクター部門」の1位を獲得するなど、若年層の間では周知されたキャラクターである。
ブームの発端は、韓国のガールズグループ「BLACKPINK」のメンバーであるLISA(リサ)が、2024年ごろからお気に入りのキャラクターとしてSNSで紹介したこととされており、彼女はラブブ風のオリジナル衣装でコンサートのステージに立ったこともある。
その後、海外のセレブやインフルエンサーが、ハイブランドのバッグにラブブをぶら下げた投稿を発信するようになり、ラブブ自体にもステータスシンボルとしての価値が付加された。
そして中国や韓国のインフルエンサー、モデル、芸能人たちが、シャネルやディオールなどの高級バッグにラブブのぬいぐるみをぶら下げるスタイルをSNSに投稿しはじめた。
それは、単なるファッション小物ではなく、ブランドの完璧な世界観に“ノイズ”を混ぜる行為として機能した。「敢えてのミスマッチ」つまり、意図的に整合性を崩すことへの感性が、トレンドを牽引したのである。
有識者的に言えば、ハイブランドの象徴である完璧、洗練、格式の中に、歪で素朴な人形を添える、そのギャップが、既存のラグジュアリー概念をゆるやかに解体し、ハイエンド層の遊び心や自己表現の自由を象徴するスタイルとして受け入れられていったといえるだろう。
このような背景から、セレブやインフルエンサーに憧れを持つ若者を中心に、ラブブ人気が過熱していったのだ。
カルチャーアイコンから“投資対象”へ
セレブや特にインフルエンサーといったハイエンド層の支持を得たことは、ラブブを単なるカルチャーアイコンから“投資対象”へと変化させる契機にもなった。
本来は数千円で購入できるブラインドボックスのぬいぐるみが、転売市場では数万円から数十万円で取引されるようになったのである。
例えば、シューズメーカーVansとの限定コラボモデル「Labubu × Vans Old Skool Vinyl Plush Doll」は、ラブブが、Vansの代表的なストリートスタイル、Sk8-Midスニーカーやスウェットシャツを身にまとい、青とオレンジのキャップにはシリーズ名である「The Monsters」のロゴがあしらわれているのが特徴だ。
2023年にデザインされたアイテムで、新作ではないものの、現在では流通数が少なく、入手が難しい人気モデルのひとつとなっておりこのVansとのコラボモデルがeBayに出品されたところ、96件の入札を集めた末に1万6000豪ドル(約155万円)で落札された。
ほかにも2万8300ドル(約416万円)で落札された「Three Wise Labubu」や、3万1250ドル(約459万円)で落札された「Sacai x Seventeen x Labubu」など、ある意味ラブブは高い資産価値を有していたのである。
それゆえに、限定版やコラボモデルには抽選が殺到し、「当たること」自体が一種のステータスと化し、人気転売商品の対象となっていった。
それはポケモンカードをはじめとしたカードゲームと同様の現象であり、SNSにおける“ラブブ当選報告”や“開封動画”は、コレクション文化と投機文化のあいだに揺れる新しい消費形態を映し出した。
それはもはや「かわいいキャラクターを愛でる」行為や「流行に乗るための」行為ではなく、「希少なキャラクターを所有する」延いては「それを転売し資産を得る」行為へと変質していったのである。
この背景には、POP MARTによる数量限定・ランダム性というマーケティング戦略がある。
この“希少性の演出”が、ハイブランド的な文脈と結びつくことで、ラブブは「小さなぬいぐるみ」でありながら、感性と経済が交差するオブジェとして機能しはじめた。
転売価格が高騰するほど、所有者の承認欲求が刺激され、ラブブは“かわいさ”と“価値”を同時に担う存在へと昇華していったのだ。
誰もが知っているのに、誰も持っていない
このように、ラブブの人気が高まるにつれて、誰もが「欲しい」と思う存在になったが、一方で、一般の消費者が実際に手に入れることはきわめて難しい。正規の販売は抽選制が多く、人気のマスコットは販売開始と同時に完売する。

さらに、ラブブにはモデルごとに希少性の差があり、人気キャラクターや限定デザインほど価格が高騰し、正規ルートで入手できる機会はごく限られている。
しかし、セレブやインフルエンサーが一体数万円を超えるラブブをいくつもコレクションしたり、TikTokやInstagramでは、インフルエンサーがラブブを紹介する動画が毎日のように拡散され、「人気のキャラクター」としてトレンドの中心に置かれていた。
SNSにおいては、ラブブはまるで日常的な存在のように流通していたのである。
実際にプリントシール機メーカー・フリューが10~20代の女性に行なった調査によると、ラブブを知るきっかけになったのはTikTokやInstagramからという人が多い。
しかし、その“可視化された人気”に反して、実際に手に取ることができる機会はほとんどない。
日常の中でラブブを見かけることはまれで、SNS上の熱狂はむしろ現実とのギャップを際立たせていた。
つまり、ラブブは「誰もが知っているのに、誰も持っていない」存在になったのだ。
読者の皆さんもこのラブブと呼ばれる人形を身近で所有している人を思い浮かべることができただろうか?この原稿を書くにあたり筆者自身この1週間ラブブを意識して周囲を観察したが、ラブブを身に着けて歩いている人を見かけることはなかった。
それもそのはずで、前述したフリューによる同調査によると所有率は全体の1割程度にすぎないという。画面の中では身近に感じられるが、現実では手の届かない。この不均衡が、一般消費者にとっての「手に入らないトレンド」という感覚を強めていたのである。
祭りの屋台に並ぶ偽物たち
その裏側で、偽物や“なんちゃってラブブ”の流通が急増した。
中国本土では早くから模倣品がオンラインショップに並び、日本でも2024年頃から、ショッピングモールのクレーンゲームや祭りの屋台、ガチャガチャの景品として、真贋不明のラブブが現れはじめた。
正規ライセンス外のものが大半であり、日本では公式店舗や販売ルートが限られているため、正規品を入手できない消費者がメルカリなどの二次流通に流れ、その需要を狙う形で模造品が供給されている構図だ。
実際、国内最大級のファッション&コレクティブルマーケットプレイス「SNKRDUNK(スニーカーダンク)」を運営する株式会社SODAのレポートによれば、2025年に入りラブブの取引数は右肩上がりで増加。
7月には取引件数が急騰する一方、偽造品の着荷数も1月比で約2.7倍に膨れ上がったという。人気の高まりと模造品流通の拡大の二つの動きは、明確な相関をもって進行していったのだ。
SNS上での存在感が増すほど、現実にラブブを手にすることは難しくなっていった。ラブブは“画面の中で消費されるキャラクター”となり、いまや「誰もが知っているのに、誰も本物を持っていない存在」として定着していった。
TikTokやYouTubeショートでラブブを見た小学生たちは、「かわいい」「欲しい」と口にするが、正規ルートでの入手は困難だ。販売価格は一体数万円から十数万円に達し、子どものお小遣いで手が届く範囲をはるかに超えている。
結果として、親の経済力や理解によって「買ってもらえる子」と「買ってもらえない子」の差が可視化され、さらに、都市部の百貨店やポップアップストアなど、“正規販売の機会がある地域”とそうでない地域との格差も浮き彫りになった。
ラブブは単なるキャラクターを超え、消費格差そのものを映す鏡のような存在になったのである。
本物を所有することはステータスの証であり、偽物を持つことは一種の“参加”として機能する。もちろん、誰もが模造品で満足しているわけではない。
それでも、どちらにもアクセスできない人々は、SNSで他人の投稿を眺めながら「欲しい」という気持ちだけを更新し続ける。そうしてラブブは、“希少性”に加えて、“可視化された欲望”によっても価値を高めていった。
希少性と大衆化のジレンマ
だからこそ、このトレンドを長く維持するのは難しい。
ラブブの人気は、セレブやインフルエンサーといった一部のハイエンドユーザーやファッション感度の高い層から始まり、彼らのようなパイオニアやトレンドドライバーによる“先取り的消費”によって火がついた。
だがその後、SNSを介して一般層へと拡散し、もはや「トレンディなもの」から「みんなが知っているもの」(しかもこれはあくまでもSNSにおいてみんなが知っているだけで現実社会での認知度はそこまで高くないもの)へと変化した。
つまり、トレンドが大衆性を帯び始めると、もともとの魅力である“特別であること”が失われ始めたのだ。この現象は、まさに希少性と大衆化のジレンマである。
ラブブを“トレンド”の象徴として所有していた層にとって、その価値は新規性やプレミア、限定性によって支えられていた。
だが、大衆的な人気が高まるにつれ、「みんなが欲しがるもの」になった瞬間、特定の人々が持つという特別感が失われ、そのトレンドは陳腐化していくことは容易に想像がつく。
実際、セレブが今鞄にラブブをつけ始めたら、今更感が生まれるだろう。それゆえに、そのような層がラブブへの関心を失っていく中で、プレミア価格と呼ばれる2次流通価格は下がっているのである。
かといって、実際にプレミア価格を下げ、転売価格を落とし、一般層でも手に入るようになれば、それは“手に入れられなかったからこそ憧れたもの”の魅力を失ってしまう。
「手に入らないから欲しかった」ものが、「手に入るようになった途端に、つまらなくなる」。
だから、今6万円で転売されているモデルが4万円で取引されるようになったら、ラブブを高価格出しても買いたいと思っている人が減った証左でもあり、流行が落ち着いたことの表れとなってしまう。
しかし、高額転売を維持したとしても、正規ルートでの購入が困難な場合、大衆はいつまでもこのトレンドに乗ることは難しい。
前述したとおり、実際、毎日のようにSNS上ではみかけるのに、現実には街で見かける機会はほとんどない。SNSをやっていなければ、その存在すら知らない人も多い。
それは手に入れるのが困難だからなのか、それともSNS上で羨望のまなざしを受けているように見えるが、それはごくわずかな特定の層の間だけなのか・・・。
つまり、ラブブのトレンドはスクリーンの中だけで燃え上がり、現実では可視化されにくいという、きわめて現代的な消費現象のため、どこかでピークアウトするのが確実なのである。
実際に、その熱量を支えていたハイエンド層の温度が、すでに下がりつつある。Bloomberg Newsによれば、中国の流通市場で、かつてのプレミアム価格を維持できなくなっており、投機的な需要が後退しているという。
同記事によれば最近発売したラブブのミニチュア14体入りのブラインドボックスでは、プレミアムの付いた再販価格が発売前のピーク時から24%下落した。
また、キャラクター玩具に特化した中国の転売・取引プラットフォーム、千島(Qiandao)によると、過去3日間の平均再販価格は1594元(約3万3000円)で、正規の販売価格である1106元を上回ってはいるものの、勢いは明らかに鈍化しているという。
ポップマートは、再販市場での価格下落について「生産量の拡大により、より多くの消費者の手に商品が届くようになった結果」と説明している。
一方で、ポップマートの香港市場での株価は直近3営業日で約11%下落。モルガン・スタンレーのアナリストは、同社の業績基盤(ファンダメンタルズ)がやや弱含み傾向にあると指摘している。
その背景には、人気商品の一つであるミニラブブが再販によってプレミアム価値を失い、投機的な期待が薄れたことが影響している可能性があるという。
二つのトレンドの波
このように、「最新トレンド」という文脈や、投資的な価値が失われたことで、ラブブはもはや“プレミア”や“希少性”を目的に取引していた層にとってのトレンドではなくなりつつある一方で、その後も大衆的な側面では、ラブブは“流行っているもの”として扱われていた。
前述したとおり、ラブブの人気は、特定の層でトレンドであることが大衆のトレンドへと転化したという、中身のないいわば空洞的な構造だ。
それゆえに、ハイエンド層でのトレンドが消えれば、必然的に大衆の熱も冷める。流行とは、特定の層が「先に」熱狂することによってのみ成立し、その源泉が枯れた瞬間に、大衆の“後追い的熱”も同時に失われてしまう。
投資や転売を目的とした市場においてのトレンドとしては、すでにピークを過ぎていた一方で、SNSや一般消費層のあいだでは、ちょうどその頃がまさに盛り上がりの最中だった。二つのトレンドの波が、時間差をもってずれて存在していたといえるだろう。
トレンドや投資対象としてではなく、ラブブの造形そのものへの愛着やロイヤリティによって支持する消費者にとっては、このようにプレミアが落ち着き、入手しやすくなることはむしろ歓迎すべき変化だろう。
しかし、多くの人に届けるために増産(再販)したら、プレミア価値がなくなるから値打ちが下がるというのはキャラクターという性質に照らしておかしな話ではないだろうか。
とはいえ、今ラブブを欲しがっている小学生が、来年も同じ熱量で欲しがっているとは限らない。我々のトレンドは“リキッド消費”と呼ばれるように、流動的で、関心の移り変わりが早いのだ。
リキッド消費
私たちの消費生活は、この十数年で大きく変化してきた。かつては「モノを所有すること」そのものが豊かさの象徴だったが、いまや“持たなくてもいい”という感覚が当たり前になりつつある。
服はサブスクで借り、音楽はストリーミングで聴き、車はシェアする。欲しいものは常に変わり、流行は数か月どころか数日単位で移り変わる。
こうした現象をとらえる概念が、「リキッド消費(liquid consumption)」である。
この言葉の源流は、社会学者ジグムント・バウマンが提唱した「リキッド・モダニティ(液状化する近代)」にある。
バウマンは、現代社会を“固定的で安定した構造(solid)”ではなく、“流動的で絶えず変化する構造(liquid)”として捉えた。
人間関係、仕事、価値観などかつては長期的に持続していたものが、いまや流動的で、一時的で、更新可能なものへと変わっている。
この「流動化する社会」の中で、消費行動もまた変化した。安定的に所有し続ける“ソリッド消費”から、状況や気分に応じて柔軟に利用する“リキッド消費”へと移行したのである。
リキッド消費には、
(1)トレンドや関心が短期間で移り変わる 短命性(ephemerality)、
(2)所有せず、必要なときにアクセスするアクセス・ベース(access-based)、
(3)物理的なモノよりも体験や感情を重視する脱物質(dematerialized)
の3つの要素がある。
前述したファストファッションやカーシェア、動画や音楽のサブスクリプションなどは、すべてリキッド消費の典型例だ。
これらは「手に入れる」ことよりも、「その瞬間に使えること」「その体験を共有できること」に価値を置く消費形態なのだ。
リキッド消費の重要な特徴は、モノの価値だけでなく、私たちの興味や欲望そのものが流動化していることにある。
SNSのタイムラインを眺めていればわかるように、話題は毎日のように更新され、昨日注目を集めていたものが今日には忘れられている。
関心の持続時間は短くなり、「何を持っているか」よりも「何に反応しているか」が個人のアイデンティティを形づくる。
つまり、私たちはモノを通して自己を表現するというよりも、“その瞬間の関与”によって社会とつながるようになったのだ。
「いま、それに参与していること」そのものが価値化されるSNS社会
このように、リキッド消費は多面的な現象として現れているが、とりわけ注目すべきなのは、その基底にある「短命性」である。
それは単に流行の回転が速くなったということではなく、私たちの関心や欲望の構造そのものが、持続よりも移行を前提とするようになったという変化を示している。
社会全体のスピードが加速し、アルゴリズムが日々の注目を更新し続けるなかで、私たちはひとつの対象に長く熱を注ぐことが難しくなった。
“好き”や“欲しい”という感情は、もはや持続的な情熱ではなく、一瞬のリアクションとして消費されている。
この「短命性」をもっとも端的に示しているのが、ラブブのブームである。
一種のステータスや文化的コードとして流通したが、その熱は驚くほど速いサイクルで冷めていき、わずか1~2年のあいだに高騰・拡散・飽和というプロセスをすべて経験し、「もう流行っていないかもしれない」という空気が生まれた。
これは単なる人気の浮き沈みではなく、現代社会における“関心の寿命の短さ”を可視化する象徴的な出来事である。
“トレンドに乗る”ことそのものが目的化し、その造形や物語性だけでなく、「いま、それに参与していること」そのものが価値化される社会的構造の中にあったのだ。
このような短命性を決定的に加速させているのが、SNSである。
かつて流行は雑誌やテレビなどのマスメディアを通じて徐々に広まり、一定の成熟期間を経て衰退していった。
しかし、SNSでは話題が投稿された瞬間に世界中へ拡散し、数時間でピークを迎える。
アルゴリズムは常に新しい刺激を供給し、私たちの注意を次々と新しい対象へと誘導する。その結果、SNS上の流行は時間的な積み重ねを欠いた“断片の連続”として現れ、次の話題がそれを上書きしていくのである。
SNS上で消費されるトレンドは、「いいね」やフォロワー数といった可視的な指標によって瞬間的に評価される。この可視性は、一時的な盛り上がりを生むと同時に、飽和を早めてしまう。
この構造のもとでは、流行の寿命が短くなる一方で、熱狂の瞬発力はかつてないほど強くなり、一瞬の共感が一斉に沸き上がる“過熱的短命性”が常態化している。
この短命性を加速させている背景は、単なる情報の速さではなく、欲望の可視化にある。SNSがもたらしたのは、他者の「欲しい」「好き」「買った」といった行為が常に観察可能な社会だ。
私たちは誰かの欲望をリアルタイムで見つめ、その欲望を模倣するが、SNSはこの模倣的欲望を秒単位で増幅する装置である。
かつて限られたコミュニティの中でしか見えなかった他人の嗜好が、いまや世界中の誰の目にも届く。誰が何を所有し、どんな体験をしているかが、絶えずタイムライン上で更新される。
この環境では、欲望は瞬時に感染し、同時に飽和していく。ラブブの人気が急激に立ち上がり、そして急速に冷めていったのも、この“可視化された欲望“の循環の速さが引き起こした現象といえる。
リキッド消費の短命性とは、まさにこの欲望の可視化社会がもたらす必然的な帰結なのである。
リキッド消費の時代における消費文化
もしラブブが簡単に手に入るようになれば、その瞬間に“欲望を支えていた希少性”が消え、消費者の興味もまた次の対象へと移る。来年、再来年の夏祭りでラブブの偽物が並んでいる光景を目にすることは、もうないかもしれない。
結局のところ、私たちの“欲しい”という感情は、「いま流行っている」という状態そのものを欲しているのだ。
ラブブのブームが示したのは、単なるキャラクター人気の変動ではなく、関心・共感・欲望が“瞬間的に立ち上がり、同じ速さで消費される”という現代消費文化そのものなのである。
「流行が終わる」とは、商品が衰えることではなく、関心が別の対象へ移ること。その関心の移動こそが、次の消費を生み出す。
リキッド消費の時代における熱狂の短さは、私たちが「モノ」そのものを欲しているのではなく、“注目が集まっている場所”に自らを重ねることを欲しているという潮流の表れなのだ。
とはいえ、ラブブというキャラクターそのものが消えていくわけではない。奇妙さと愛らしさを併せ持つ独自の造形は、単なるトレンドを超えて一部のコレクターやファンに根強く支持されている。
実際、ソニー・ピクチャーズがラブブの映画化権を取得し、劇場版の開発を進めており、ヒットすればシリーズ化も視野に入れているという。
なにより2023年9月には北京・朝陽公園(Chaoyang Park)に「泡泡玛特城市乐园(POP LAND)」と呼ばれるPOP MARTが手掛けるラブブをはじめとしたキャラクターのテーマパークが開園しており、ブーム以前より根強いファンがいたことがうかがえる。
日本においては、投機的ブームの段階を終え、より安定したキャラクター消費のフェーズへと移行しつつあるように思われる。キャラクター大国と呼ばれる日本市場においても一時的な熱狂を経て、日常的なキャラクターとして定着していけるか、今後の展開が注目される。
※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 研究員 廣瀬 涼
※なお、記事内の「図表」と「注釈」に関わる文面は、掲載の都合上あらかじめ削除させていただいております。ご了承ください。