(ブルームバーグ):シンガポールの高級ショッピング街、オーチャードロードに面した鏡張りのスタジオ。ガブリエラ・チョクロハディさん(25)は韓国語で指示を出すインストラクターの声に合わせ、入念に練習したダンスを披露している。音楽が止まるとすぐにカメラの前へ駆け寄り、自分の動きや姿勢、表情を一つ一つ確認していく。
インドネシア出身のチョクロハディさんの長年の夢は、韓国の芸能界入りだった。しかし、道はソウルではなくシンガポールへとつながっていた。K-POPのアイドルグループ、少女時代やEXO(エクソ)を手がけた韓国のSMエンタテインメントが6月に、東南アジア初のK-POPトレーニングアカデミーをシンガポールに開設したのだ。
チョクロハディさんは、SMから500シンガポールドル(約5万7000円)の奨学金を受けて1週間の集中ブートキャンプに参加した。K-POPのアイドル育成システムを凝縮したプログラムで、ダンスとボーカルの集中レッスンに加え、映像撮影、モデル指導、メディア対応なども学ぶ内容だ。奨学金には渡航費や宿泊費は含まれていないため、費用を抑えるために友人宅に滞在したという。
「25歳は業界ではもう年齢が高いと見なされる」と話しつつ、「でも、チャンスがある限り、挑戦し続けたい」という。
テイラー・スウィフトやブラックピンク、TWICE(トゥワイス)といった世界的アーティストの公演地として定着しているシンガポールは今、東南アジア全域の新人発掘と育成のハブとしても注目を集めている。アジア各国の若い才能にアクセスしやすい地の利と、整備された交通・通信の便がその背景にある。
シンガポールを「スカウティングの拠点として活用し、全体のタレントプールを広げていくことが目的」だと、アカデミーのディレクターを務めるジョナサン・アン氏は語り、SMのグローバル展開の一環であることを強調した。

長年にわたり、韓国のアイドル育成システムはほぼソウルに集約されてきた。しかし、K-POPの世界的な需要拡大を受けて、SMエンタテインメントや、BTSを擁するHYBE(ハイブ)などの大手事務所は、次第に海外へと視野を広げつつある。
HYBEは昨年、米国を拠点とするガールズグループ「キャッツアイ(KATSEYE)」をデビューさせた。他の事務所も、日本や中国、近年では東南アジアからの人材発掘を強化している。中でもタイは、ブラックピンクのリサをはじめ、世界的に成功を収めたアイドルを多数輩出してきた。
K-POPのカルチャーとしての存在感も拡大の一途をたどっている。フィクションのガールズグループを描いたネットフリックスの映画は、同プラットフォーム史上最も視聴されたアニメ作品となった。兵役を終えてBTSが活動再開を発表すると、ロサンゼルスからシドニーまで世界各地でファンの歓喜が広がった。
モルガン・スタンレーによると、2019年から23年にかけて、韓国の大手K-POP音楽事務所4社の総売り上げは約3倍に拡大し、30億ドル(約4400億円)に達したという。
SMエンタテインメントのシンガポール・アカデミーでは、1週間の短期プログラムを1000-1200シンガポールドルで提供しており、年内には3-6カ月の長期プログラムの開始も予定されている。
優秀な受講者にはSMや他の芸能事務所のオーディションを受ける機会が与えられる可能性もある。今後はタレント発掘の対象地域をマレーシアやフィリピンへと広げていく計画だ。
プログラムの信頼性と競争力を高めるため、SMはプロデューサーや振付師など、韓国から少なくとも10人のベテランスタッフを派遣している。同社の人気グループを多数手がけてきた実績を持つ人材だ。
アン氏はアカデミーの育成プログラムについて「今これを韓国以外で受けられる場所はほとんどない。だからこそ需要がある」と語る。
アカデミーで教えられているのは、単に歌とダンスだけではない。カメラの前での見せ方、セルフブランディング、プロとしての意識の持ち方など、より包括的な表現力が求められる内容だ。
何よりも、チョクロハディさんのような受講生にとって、それは業界への入口でもある。
「ここで教えてくれる先生たちは皆、有名アーティストの裏方として働いてきた人たちだ。母国にいたら、こんな機会はなかったかもしれない」と話した。
原題:Singapore’s First K-Pop Academy Trains the Next Global Idols(抜粋)
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