トランプ米大統領がこれまでに発表した日本をはじめとする貿易相手国・地域との一連のディール(取引)は詳細に乏しい。重要な点は引き続き交渉中で、合意内容を巡る米国と貿易相手の説明には食い違いがある。発表された大きな数字もよく調べてみると、実態はもっと規模が小さく見えるありさまだ。

既に比較的小規模なディールを幾つか取りまとめていたトランプ氏は、先週から今週にかけて日本や欧州連合(EU)との合意を誇示。米中の関税休戦の延長にも現在取り組んでいる。政権は勝利をうたい、トランプ氏の交渉手法の正しさ証明するものだと主張。8月1日の交渉期限を前に、一連の輸入関税引き上げの準備を進めている。

トランプ米大統領(右)と欧州委員会のフォンデアライエン委員長

「貿易ディールは非常にうまくいっていると思う。全ての国にとってそうであれば望ましいが、少なくとも米国にとっては非常に非常に良い内容だ」と、トランプ氏は29日、英スコットランドからワシントンへ帰国する機中で語った。

ただ、米国の関税障壁の規模は徐々に明らかになりつつある一方で、他の詳細は引き続き極めて曖昧だ。特に日本およびEUとのディールだけで計1兆ドル(約148兆円)を超えるとされる投資の約束については、不明なままだ。

トランプ氏にとって、こうした資本投資のコミットメントは、自らの保護主義的政策が米製造業の復活と雇用創出という公約通りの成果を達成しつつある証拠となっている。

しかし、実際の投資がこれらの巨額な数字に届かなければ、関税は最終的に政府の歳入を増やす一方で、米国の消費者や企業のコストを押し上げ、高遠な目標の実現には至らないという結果にもなりかねない。

「ボーナス契約」

トランプ氏と日本とのディールには、ホワイトハウスが「外国投資コミットメント」と呼ぶ5500億ドルの対米投資基金の設立が盛り込まれ、同氏は「一種のボーナス契約」に相当すると話している。

これに対し、赤沢亮正経済再生担当相は、実際の出資は1-2%、最大110億ドル相当にとどまるとの見通しを表明。残りは基本的に融資や融資保証で構成されるとしている。また、トランプ氏のチームが強調した日米で1対9になる利益の配分は、あくまでその小規模な投資部分にのみ適用されると説明した。

少なくとも日米がこの合意について異なる説明をしているわけで、将来的に問題が生じる可能性をはらんでいる。

赤沢再生相は、5500億ドルがキャッシュで米国に行くわけではないと指摘。一方で、ラトニック商務長官は先週、FOXニュースのインタビューで、「これは文字通り日本政府がドナルド・トランプ氏に5500億ドルを与えるという話だ」とコメントした。

ブルームバーグテレビジョンの番組に出演したラトニック商務長官

ラトニック氏は、日本がこの基金に関する約束をほごにすれば、トランプ氏が再び関税率を引き上げるだろうと述べた。EUとのディールについては、「まだ多くの駆け引きが残っている」と29日の経済専門局CNBCとのインタビューで認めた。

EUは追加投資として6000億ドルを約束した。だが欧州当局者によれば、この目標はあくまで企業による投資表明の総額に過ぎず、EUとして拘束力のある目標を設定するわけではないという。米・EUのいずれも内容について明確にしていない。

ラトニック氏は28日、「基本的に彼らは工場を建設するつもりだ」とFOXニュースに語り、「全ての自動車メーカーが工場を建てると約束した。製薬会社も工場建設の方針を表明している」と述べた。

EUはまた、今後3年間で米国から7500億ドル相当のエネルギーを購入することも約束しており、これは現在のペースの約3倍に当たる。この目標は米国の輸出業者や欧州の輸入業者の能力に負担をかける恐れがあると、一部のアナリストは指摘している。

バイデン前政権で国家経済会議(NEC)の当局者だったアレックス・ジャクエズ氏は、関税率を除けば最近の合意の多くは「履行の仕組みが何もないまま、多額の数字を伴った曖昧な約束」に過ぎないとし、「誰もこれらの約束が本当に現金化されるとは信じていないと見受けられる」と解説した。

ロシア産原油で波乱も

関税率に関する数字は以前より明確になっているものの、流動的な部分も依然ある。

トランプ氏は日本およびEUからの大半の輸入品に対し、関税率を現行の一律10%から15%に引き上げる方針だ。自動車に賦課されている25%の関税率は15%に引き下げられる。一方、鉄鋼やアルミニウムなど関税割当制度を巡る交渉が継続中の分野では引き下げは適用されない。

日本やEUに対する自動車関税見直しはまだ最終的に確定していないが、8月1日に発効する見通しだとホワイトハウス当局者は明らかにした。

 

トランプ氏は、分野別関税を今後さらに導入すると述べており、最近の一部合意はまだ発表されていない関税率の数字に先んじることで混乱を招く可能性がある。

トランプ氏はEUに対し半導体と医薬品に15%の関税を課すと約束したが、これら2分野の関税率はまだ最終決定されていない。また、米政府高官の1人は、トランプ氏が日本に対しても、これらの分野で最も低い関税率を適用することに同意したと述べたが、この約束はホワイトハウスのファクトシートには明記されていない。

ホワイトハウス当局者は、医薬品と半導体に対する15%の関税率は、トランプ氏が通商拡大法第232条に基づいて警告している一段と高めの関税率が実際に発効して初めて適用されると述べた。

発表済みの他のディールも疑問を呼んでいる。今月初めに発表されたベトナムとの合意では、20%の関税率が課されることになっており、これはベトナム側が合意したとされる水準よりも高く、同国当局者にはサプライズだった様子だ。

米国と中国の交渉担当者は28、29両日にスウェーデンで行った協議の後、関税休戦の延長に向けて進展があったと述べた。ただ、トランプ氏がロシアからエネルギーを購入する国々に対し、新たな関税を課すと警告している点が不確定要素に挙げられる。

中国はロシア産原油の最大の輸入国で、インドがそれに続く。インドも現在、米国と交渉中だ。

常に交渉に応じる用意

米国にとって最大の貿易相手国であるカナダとメキシコの運命も、土壇場の決着に向かっているように見受けられる。トランプ氏はカナダと近いうちに合意に達する可能性は低いとしているが、カーニー首相はそれを気にとめていない様子だ。

両国は今週、関税の引き上げに直面するものの、それが全面的に適用されるわけではない。米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に準拠した物品については現行の免税措置が維持される見通しで、両国にとっては大きな安心材料となっている。

関税率を巡るトランプ政権の個別交渉方式では、整合性のないつぎはぎの政策に終わる恐れがあるとの指摘もある。米国の自動車メーカーは、日本との合意に異議を唱えており、米国の部品を一切使用していない輸入車の方が、米国の部品を使い北米で生産された車よりも低い税率が賦課されることになると主張している。

多くの未解決の課題がある中で、政権は8月1日を関税率を定める一つの節目と位置づけている。ただ、それがトランプ氏の一連のディールの最終局面である可能性は低い。

ホワイトハウスのハセットNEC委員長は29日、さらに複数の交渉が合意取りまとめの最終段階にあり、8月1日までに関税率で合意するか、一方的に関税を課すことになると述べた。しかし、その後であっても「交渉は続けられる」とし、「大統領は常に交渉に応じる用意がある」と説明した。

ベッセント財務長官

原題:Trump Trade Deals Come With Few Details to Flesh Out Big Numbers(抜粋)

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--取材協力:Jennifer A Dlouhy.

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