(ブルームバーグ):長らく待たれていた米国と日本の関税合意がようやく成立し、数カ月続いた不透明感が晴れ、投資家の間に安心感が広がった。だが、何かしらの疑問が残るのはいつものことだ。
トランプ米大統領が売ると約束した米国製の自動車やスポーツタイプ多目的車(SUV)、トラックは誰が買うのか。ボーイングの航空機100機は誰が購入するのか。
そして、日本政府が資金提供するとされ、利益の90%が米国に渡るという5500億ドル(約81兆円)規模の基金は、一体どのような仕組みになるのか。
こうした問いに対する明確な答えが求められているのは、日米間で合意内容の理解に既に隔たりが生じているためだけではない。8月1日までに同様の関税合意を目指している韓国など、米国の他の同盟国にとっても重要な情報となるからだ。
まず触れたいのは、自動車だ。これは長年にわたりトランプ氏が日本政府に不満を抱いてきた最も大きな問題で、米国が抱える対日貿易赤字の最大要因でもある。
ホワイトハウスの「ファクトシート」には、「長年続いていた米国製乗用車・トラックに関する制限が撤廃され、米国の自動車メーカーが日本の消費者市場に参入できるようになる」と記されている。
もちろん、何十年も前から米国車メーカーが日本市場に参入する上で制限はなかった。筆者が4月に指摘したように、問題は米国車が日本の消費者の好みに合っていないことにあり、米国のメーカー側も、日本勢が圧倒的に強い極めて競争の激しい市場に本腰を入れるつもりはない。
日本側が米国車の輸入を多少容易にすることは可能だろう。例えば検査手続きの簡素化などだ。しかし、米国のメーカーが重視する大型モデルに合わせて日本の都市構造そのものを変えることはできない。日本の道路の約84%は平均幅3.7メートルの市町村道だ。
仮に政府が市民にフォードのピックアップトラック「F-150」を配ったとしても、幅2.4メートルの車体では狭い道ですれ違うことすらできない。
だからこそ、日本ではコンパクトなミニバンや軽自動車が主流なのだ。同僚コラムニストのリアム・デニング氏も「米国の自動車メーカーは、そもそもかわいい小型車などほとんど造っていない」と論じている。
いずれにせよ、日本の自動車市場は既に縮小傾向にある。新車販売台数は1990年代のピーク時から約20%減少。若者の車離れに自動車メーカーは頭を悩ませ、高齢者には免許の自主返納が奨励されている。
圧力
しかし、それ以上に重要なのは、5500億ドルの対米投資基金がどのような形になるのかだ。
ベッセント米財務長官によれば、日本政府が合意にこぎ着ける上で鍵となったのが「革新的な資金調達メカニズム」だという。ただし、その具体像について、日米の見解は一致していないようだ。
この構想が初めて表面化したのは、ソフトバンクグループ創業者の孫正義氏が日米共同の政府系ファンドを提案したと英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)が5月に報じた時だった。
ホワイトハウスは今回合意した基金について、「米国の中核産業を再建・拡張する投資」だと説明。一方、石破茂首相は、国際協力銀行(JBIC)が主導し、日本貿易保険(NEXI)の保証を伴う出資・融資・保証の組み合わせだとしており、これは政府系ファンドというよりはむしろ海外開発援助に近い内容だ。
とはいえ、米国のインフラ整備に貢献する可能性があることに異論を唱える者は少ないだろう。
トランプ氏は日本が「5500億ドルのうち90%をわれわれに渡す!」と主張。しかし日本側は、それは米国が90%出資する案件において、利益も出資比率に応じて分配されるという意味だとしている。
既に表明されている投資資金、例えばソフトバンクグループが米国での人工知能(AI)インフラに1000億ドルを投じる計画がこの枠に含まれるのかどうかも不明だ。
交渉中に撮影された写真には、日本側が提案した4000億ドルの基金案に手書きで「5000億ドル」と上書きされていた資料が写っている。その案では利益分配比率は50%となっていた。これは既にある出資案件をパワーポイントのスライドにまとめ直しただけではないのか。
問題は、いずれにせよこれを具体的な政策に落とし込む必要があるという点だ。その過程で、石破氏が性急に合意をまとめたことが裏目に出る可能性もある。
先の参院選で自民党は惨敗を喫した。石破氏は退陣を否定しているものの、交渉の詳細が詰められる段階において、同氏がもはや首相ではない可能性は極めて高い。
今回の合意には、合理的と思える項目も多い。100機のボーイング機は国内の航空会社で利用される見通しだが、日本政府はこの中に既に発注済みの機体が含まれていることを認めている。
世界最大の液化天然ガス(LNG)輸入国である日本が、アラスカのLNG開発計画に関与するのは自然な成り行きだ。
防衛を巡り、日米に認識の食い違いが見られるとしても、日本が防衛費を増やす必要があるのは確かであり、米国が軍備の供給元となるのは理にかなっている。何より、緊張が続いた数カ月を経て、ホワイトハウスが日本を「インド太平洋地域における平和の礎」と再び表現したことは、歓迎すべきだ。
それでもなお、多くの疑問が残されたままだ。しかも米国が合意の履行状況を四半期ごとに見極めるとして日本に圧力をかけ続けている状況では、市場参加者が安堵(あんど)するのは早過ぎるかもしれない。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Who Buys the F-150s, and More Japan Deal Unknowns: Gearoid Reidy(抜粋)
コラムについてのコラムニストへの問い合わせ先:東京 リーディー・ガロウド greidy1@bloomberg.netコラムについてのエディターへの問い合わせ先:Patrick McDowell pmcdowell10@bloomberg.netもっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
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