イギリスのプレミアリーグは、そのドラマ性、緊張感、そして才能において、クラブサッカーの頂点に君臨しています。
しかし、世界中に約20億人のファンを抱えながらも、多くのクラブが財政難に直面しているのが現状です。
イングランドのトップ5リーグの半数以上が実質的に債務超過に陥り、2023年から2024年のプレミアリーグでは、わずかなクラブしか利益を上げられていません。
クラブ幹部たちは、文字通りソファの下まで資金を探す勢いで、その視線は海外、特にアメリカに向けられています。
イングランドのサッカークラブは、アメリカから「観客は体験のためなら喜んでお金を出す」ということを学びました。
しかし、一部のファンは、クラブを運営する企業がファンを単なる顧客としか見ていないことに懸念を抱いています。
進化するスタジアム VIP体験が出来る仕掛けも

イングランドの古いスタジアムが取り壊され、新しいスタジアムが建設される際、プレミアム席の価格は跳ね上がり、新しい“多目的施設”ではハーフタイム中に飲食物の販売を増やすなど、収益機会を最大化しています。
また、新設されるスタジアムでは、ピッチとの近さが重視され、プレミアリーグの会場ではVIP体験ができる「トンネル・クラブ」が増加。
ファンは飲食をしながら選手がアリーナに入るのを間近で見ることができ、まるで「サッカー選手の水族館」のようです。
この「試合と観客の距離を縮める」という発想は、特にNFL(アメリカンフットボール)をはじめとするアメリカのスポーツで昔から取り入れられてきました。
この考え方をプレミアリーグに最初に持ち込んだのはマンチェスター・シティです。
彼らはさらなる拡大を見据え、2万3千人収容の音楽アリーナで年間120ものイベントを開催する計画を立てています。
さらに、スタジアムの座席を6万席に拡張し、ホテル、特大ファンゾーン、レストランを追加することで、年間を通して収益を上げられる多目的施設へと発展させようとしています。
トッテナム・ホットスパーもまた、新しいスタジアムとNFLとの提携により、以前は年間数試合しか使えなかったスタジアムをフル活用し、多くの商業収入を得ています。
サッカー選手がアイドルやアメフト選手と更衣室を共有するなど、数十年前までは考えられなかったことが、今や現実となっています。

投資対象としてのプレミアリーグ NBAやNFLより「割安」
プレミアリーグが世界的ブランドへと変貌するにつれ、地位、権力、影響力を求める外国人投資家にとって魅力が増しました。
来シーズンからは、リーグの半数以上のクラブが一部または全てアメリカ資本となる見込みです。
湾岸諸国の投資家も多大な資金援助をしており、億万長者や産油国にとって、プレミアリーグへの投資は「お買い得」と見られています。
NFLの平均的なチーム価値が59億ドル、NBAが46億ドルと見積もられる中、プレミアリーグのクラブは比較的安価な15億ドルと評価されています。

表面上は申し分ない投資対象に見えますが、なぜこの差が生まれるのでしょうか?
理由の一つは、人件費です。
2014年に約20億ポンドだったプレミアリーグクラブの選手報酬は、2022年から2023年シーズンには倍増しました。
収益上位のクラブの中には選手年俸の割合が全体の42%しかないチームもあれば、96%にも上るクラブもあります。
そして、これら全ての問題を上回る脅威が「降格」です。
オープンリーグではシーズンの終わりに昇格と降格が決まります。
そのため、毎年違うチームがプレミアリーグで戦うことになり、投資の観点からすると大きなリスクとなります。
どのクラブもプレミアリーグで必ずプレーできるという保証はありません。しかし、この危機感がゲームを面白くするのも事実です。
プレミアリーグに加われば、放映権料だけで少なくとも1億2千万ポンドが見込めます。
これが現代のプレミアリーグの原点であり、「まったく新しいゲーム」の始まりでした。

放送権料とスーパーリーグの失敗

プレミアリーグは、サッカー関係者がアメリカのNFLチームの放映権での稼ぎっぷりを見て、一種の羨望から生まれました。
かつては、イングランドサッカーをテレビで見ることはほとんどありませんでした。
これは、家で観戦する人が増えてスタジアムに観に来る人が減るのを避けるため、わざとテレビで放送しなかったためです。
しかし、スカイスポーツとプレミアリーグの契約が全てを変え、アメリカと同様にサッカーをゴールデン番組へと変貌させました。
現在、プレミアリーグは世界で最も視聴されるスポーツの一つとなり、試合は9億世帯、180カ国以上で見られています。
これは巨額の収益となっており、プレミアリーグのクラブはテレビ放映権契約から年間35億ユーロ以上を得ています。
これはスペインやイタリアのプロサッカーリーグの契約料の2倍以上です。
しかし、トップのリーグから降格すると、放映権料はほぼゼロになります。
2021年、一部のクラブはこの事態を回避しようと「スーパーリーグ」を新設しましたが、アメリカ人のクラブオーナーたちが収益の安定化を狙って昇格と降格をなくそうとしたこの試みは、あまりの不評に日の目を見ずに終わりました。
「クラブ同士の競争を妨げるカルテルを作ることが正しいはずがない」というファンの声が、この動きを止めました。

「搾取されている」失望するファン

選手の年俸は年々上昇し、テレビ放映権の収益は鈍化する中で、昨年の成績がいくら良くてもクラブは降格する可能性があります。
これらの要素は、投資家から見たクラブの価値に影響を与えます。しかし、見失われがちなのは、クラブと「客」ではなく「ファン」との関係です。
クラブが収益を追う中、ファンは搾取され、怒りを感じています。
ファンたちは、何年にもわたりスポーツ観戦の質が低下していると訴えます。
アメリカではプロのアメフト観戦が手頃にできるという考えはとっくに捨てましたが、イングランドでは違います。
スーパーの場合、客は安い商品やより良い商品を売っているスーパーに行きますが、サッカーの場合、他チームのチケットが安いからといって応援するチームは変えません。
ファンによる抗議は、マンチェスター・シティや他のクラブに方針転換を促しました。
マンチェスター・シティは、新しいスタンドの大部分を一般席にすると発表し、ジョゼップ・グアルディオラ監督もファンの重要性を強調しました。
クラブにとってシーズンチケットの価格を上げることは非常に困難であり、その結果、富裕層向けのサービスの方に力を入れるようになりました。
この顧客層は、横断幕を掲げて値上げに抗議することはありません。

プレミアリーグの未来
来シーズン、チームの半数以上がアメリカの影響下に置かれることになります。
これは、ルール変更を承認するのに必要な14チームにほんの数チーム足りないだけの状況です。
プレミアリーグの将来を予言するかのように、2026年の米ニュージャージー州で行われるワールドカップの決勝戦では、スーパーボウルと同じようにハーフタイムショーが予定されています。
しかし、アメリカ勢は2005年からイングランドサッカーに投資していますが、依然として赤字です。
数年後、クラブから魂が消え、国際企業の単なる利益を作る道具になることを危惧する声も上がっています。
米英欧ではスポーツの文化が大きく異なりますが、中でもサッカーはそれが際立っています。
サッカーはイギリス社会の構造に深く染み込んでいるものであり、プレミアリーグをアメリカ化することには限度があるでしょう。
商業化できない、特別な何かがそこには存在しているのです。
