(ブルームバーグ):トヨタ自動車の創業家に生まれ、最高経営責任者(CEO)を経て2023年に会長に就任した豊田章男氏は、ビジネスの表舞台に立つよりもハンドルを握る方を好む人物として知られている。
同社を含むトヨタグループ各社が豊田自動織機を株式公開買い付け(TOB)を通じて総額約4兆7000億円で買収する計画と、章男氏自ら豊田織に出資するとの発表を踏まえると、同氏の経営復帰の可能性も見えてくる。批判の声はあるにせよ、それは歓迎すべき動きだろう。
今回の買収が日本のコーポレートガバナンス(企業統治)にとって前進か後退か、意見は割れている。投資家や官民の関係者は長年、豊田織のような親子上場の解消を求めてきた。親会社が支配権を握りながらも独立した監視が不十分であったことが、過去の安全性問題の一因とされているからだ。
トヨタ自動車の前最高財務責任者(CFO)で、現在も同社やグループ企業で重要な役職を務める近健太氏はオンライン記者会見で、章男氏の関与は経営の掌握が目的ではないと主張した。しかし、多くの人々は今回の買収について、章男氏がトヨタ自動車の支配権を再び強める動きだとみている。
章男氏の出資は10億円に過ぎない。今回の取引は複雑な構造で、同氏が会長を務める非上場のトヨタ不動産も関与する。豊田織は章男氏の曽祖父・豊田佐吉氏が1920年代に自動織機の製造を目的に設立し、37年には長男の喜一郎氏がトヨタ自動車を分社化した歴史がある。
豊田織の買収完了後、章男氏がどの程度の影響力を行使するかは不透明だ。しかし、誰もが章男氏の経営復帰を快く思っているわけではない。
米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は昨年、「豊田章男氏は14年間トヨタを率いた。一部では、今もなお実質的に率いているとの懸念がある」と報じた。2024年の株主総会では、外国人機関投資家の3分の2が同氏の取締役再任に反対票を投じた。
議決権行使助言会社のグラス・ルイスとインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は、ガバナンス上の懸念と安全性試験における不正疑惑を理由に、取締役再任に反対するよう株主に勧めた。
章男氏の取締役再任支持率は約72%と、トヨタ自動車の歴史上最低となった。海外投資家から「ノー」を突き付けられていると同氏は認め、来年は取締役になれないと述べていた。
だが、助言会社の反対は筋が通っていない。章男氏は自動車業界が大きな転換期にある中でトヨタ自動車を世界一の自動車メーカーに育て上げた。同氏の下で、日本企業として史上最高の四半期利益を計上し、バブル期の記録を塗り替えて日本最大の時価総額を達成した。
章男氏の在任期間中の株主リターンは、他の自動車メーカーのCEOの在任期を大きく上回っている。ライバル勢のトップが章男氏よりはるかに高額な報酬を得ていたことも多かった。
経営形態とEVシフト
筆者が昨年指摘したように、投資家が章男氏再任に反対する根拠となった安全性に関する「スキャンダル」は、実質的には何の問題もなかった。
ドイツで起きたフォルクスワーゲン(VW)経営陣主導のディーゼル車不正とは全く違う。単に一部試験の手順に問題があっただけで、再試験では全ての車両が基準を満たした。死亡事故どころか、1件の事故すら発生していない問題だった。米当局によるテスラの自動運転機能に対する調査とも対照的だ。
もう一つの懸念は、創業家が上場企業に影響力を行使するという、日本では珍しくないが外国では懸念される経営形態だ。しかし、投資家は過度に神経質になる必要はない。
例えば、カプコンでは創業者の長男、辻本春弘氏が07年に社長に就任して以降、株価は14倍に上昇。サンリオでも20年に祖父から同社を引き継いだ辻朋邦氏の下で株価は12倍になった。
過去には、トヨタ自動車の電気自動車(EV)シフトの進め方が遅いと投資家から批判されたこともあった。章男氏は脱炭素化の取り組みを軽視しているとして、環境保護団体グリーンピースなどから標的にされがちだった。しかし、新型コロナウイルス流行時に広がったEV一辺倒の風潮は、当時のNFT(非代替性トークン)ブームと同様、今となっては時代遅れに見える。
今では競合他社がガソリン車の全面廃止計画を次々と撤回する一方、トヨタ自動車はハイブリッド戦略の成功で存在感を高めている。多数派の圧力に屈しなかった結果、より強固な立場を築いた。
トヨタ車によって全世界で炭素排出量が2億トン近く削減されたと同社は説明しており、ハイブリッド技術を推進した章男氏は世界で最も炭素排出の削減に貢献した経営者かもしれない。
だが、章男氏が海外メディアで称賛されることはない。日産自動車のカルロス・ゴーン元会長のように、問題発覚前後を問わず賛辞を浴びるようなこともなかった。ニューヨークのビジネス誌にも取り上げられない。
「世界の最優秀経営者」リストにも登場せず、むしろ10年の「意図せぬ急加速」問題で米議会で追及された姿が最も知られているかもしれない。この件もまた、誇張され過ぎたきらいがある。
今回の取引が完了すれば、章男氏は再び表舞台から退くかもしれない。しかし、投資家たちはむしろ、章男氏にハンドルを預けるべきではないだろうか。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:For Toyota, More Akio Would Be a Good Thing: Gearoid Reidy(抜粋)
コラムに関するコラムニストへの問い合わせ先:東京 リーディー・ガロウド greidy1@bloomberg.netコラムについてのエディターへの問い合わせ先:Joi Preciphs jpreciphs1@bloomberg.netもっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
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