(ブルームバーグ):皆さん、こんにちは。布施太郎です。今月のニュースレターをお送りします。
人間関係では、八方美人は嫌われるというのが通り相場です。あちらにもこちらにもいい顔をする人は信用されない。二つの陣営に分かれて争っている時はなおさらです。
では、企業のM&A(企業の合併・買収)に置き換えるとどうでしょうか。もちろん、人間と企業とでは様相が異なります。大きな金融グループともなると、異なる部門や法人が束ねられて一つのグループを構成します。このため、情報隔壁を設ければ、顧客企業同士が対立するケースでも両陣営をサポートすることが可能です。
ただ、企業の経営を担うのは人。サポートする金融グループ内で情報共有されていないと分かっていても、受け入れることができるのかどうか。今回は、「同意なき買収」を巡って難しい立ち位置に立たされているメガバンクグループのジレンマに焦点を当てました。
両陣営に分かれたMUFG
日本企業を巡り同意なき買収の動きが目立つ中、買収に関与する三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)など3メガバンクグループも変容を迫られている。
メガバンクはもともと、対象会社の同意を得ない買収提案をする企業のアドバイザーに付いたり、資金を融資したりすることはまれだったが、関わる案件が少しずつ増えてきた。さらには、グループ内の銀行や証券会社が敵対する陣営に分かれて関与するという新たな局面も出てきている。

その一つが、センサー大手の芝浦電子の争奪戦だ。台湾の電子部品メーカー、ヤゲオが同意なきTOB(株式公開買い付け)に打って出たのに対して、芝浦のホワイトナイト(友好的買収者)として名乗りを上げたベアリング大手ミネベアミツミが対抗TOBを実施。価格引き上げ競争が展開されている。
M&Aでは、買収側と売却・防衛側がそれぞれ企業価値の算定や資産査定、交渉戦略などに通じた財務アドバイザー(FA)を雇う。今回、ヤゲオのFAとして攻める側に付いたのはMUFG傘下の三菱UFJモルガン・スタンレー証券(MUMSS)だ。芝浦のFAには野村証券、ミネベアミツミのFAには大和証券が付いた。
MUMSSは、2021年にスーパー大手オーケーが関西スーパーマーケット(現・関西フードマーケット)に同意なきTOBを実施した際にFAを務めた前例がある。今回異例の展開となっているのはMUFG傘下の三菱UFJ銀行が芝浦電子側に付いたことだ。
ファイアウオールの限界
芝浦とミネベアミツミは5月1日、芝浦の大株主9社がミネベアミツミのTOBに応じる契約を結んだと公表。9社には取引先企業のほか、明治安田生命保険、埼玉りそな銀行などと並んで三菱UFJ銀も名を連ね、同行が保有する芝浦株2.82%の売却方針が明らかになった。
三菱UFJ銀が芝浦・ミネベアミツミ陣営側に立ったことで、同じ金融グループ内で銀行と証券会社が正反対の陣営にくみする構図となった。
もともと銀行と証券会社との間では金融商品取引法の銀証ファイアウオール(FW)規制が敷かれており、情報を遮断する体制は保たれている。だが、FW規制とは別にグループ内で銀行と証券会社、あるいは銀行内でも、競合する顧客との取引を同時に行う場合は、常にビジネス上の利益相反という難題に直面する。
取引が顧客の意にそぐわない結果となった際に、両サイドに立っていた場合は信頼を失うリスクが付きまとうからだ。特に、同意なき買収の局面では顧客それぞれに不信感を抱かせかねない。
信頼失うリスク
モーター大手ニデックが事前協議なしに仕掛けた工作機械大手の牧野フライス製作所への買収攻勢では、三井住友銀行が厳しい判断を迫られた。ニデックは後にTOBを撤回したが、関係者によると、三井住友銀は買収成立後のニデックへの融資を準備していた。
一方、牧野フライスのホワイトナイト候補の買収ファンドからも融資要請を受けて検討したものの、最終的に見送った。銀行内部で情報隔壁を設けた上で、敵対する双方への資金供与の是非が問われる局面となった。
関係者によれば、三菱UFJ銀や三井住友銀のケースは、銀行側が積極的に提案したというより、顧客の要請に応じざるを得なかったというのが実情だ。
昨年にも両社は、M&Aで反対側に立った陣営から資金支援を求められ、断ったことがある。敵対する陣営双方への対応が課題となる中、金融機関は個別案件ごとに判断を迫られる難しい立場に置かれている。
三菱UFJと三井住友銀は、それぞれ個別の案件についてはコメントを控えるとした。
こうした三菱UFJ銀や三井住友銀の動きとは対照的に、みずほフィナンシャルグループは、対立する両陣営への同時関与は原則として避ける方針だ。情報隔壁があるとはいえ、顧客の信頼を損なう恐れがある以上、あえて「一方のみに付く」という選択が結果的に信頼維持に資するという考え方に立っている。
従来、メガバンクは敵対的な買収への関与を極力避ける傾向にあった。しかし、同意なき買収は経済産業省も認めた買収の手段となった。お墨付きを得た企業の変化に押される形で、メガバンクのスタンスは多様化しつつある。
ただ、「攻め」と「守り」の両方に関わる戦略が長期的に受け入れられるのかどうかは見通せない。一歩間違えれば、顧客の信頼を失いかねないリスクもはらむ。それぞれの買収にどのように関与するのかという経営判断は、これまで以上に難しくなりそうだ。
(第8段落に情報を追加して更新します)
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