要旨
トランプ大統領は23日、6月1日からEUに対する関税を50%に引き上げる可能性を示唆した。米国とEUによる関税協議は難航しており、EU側が提示した新たな譲歩案に米国側が不満を持っている模様。交渉期限までに何らかの合意に達するのか、米国の関税発動に対抗してEU側が報復措置で応じるのか、事態は流動的だ。何れにせよ、上乗せ関税なしで決着した英国と異なり、EUは厳しい条件を突き付けられる公算が大きい。

筆者は5月13日のレポートで、トランプ大統領の次の標的が欧州連合(EU)であると指摘したが、事態はまさにそうした様相を呈している。トランプ大統領は23日、EUとの交渉が膠着しており、6月1日以降、EUからの輸入品に50%の関税を課すことを勧告すると発言し、EU側を牽制した。その後、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長と電話で会談したトランプ大統領は、週明けの26日、EUに対する50%関税の引き上げを7月9日まで延期すると発言を修正した。

トランプ氏の23日の発言は翌日に米国とEUの代表者が関税協議を控えるなかで出たものだ。EU側はこれまで、米国からのエネルギー輸入の拡大、一部規格の相互認証などと引き換えに、米国とEUが相互に関税を引き下げることなどを提案してきた。EU側は協議を前に、米国からの一部食料品の輸入拡大、次世代移動通信システム開発での協力など、新たな譲歩案を米国に提示したとされ、その内容を不十分と考えるトランプ大統領がEU側の更なる譲歩を求めた発言と考えられる。米国側はデジタルサービス税の廃止や食品安全基準の緩和などに加えて、EU側が一方的に関税を引き下げることを要求しているとされる。

EUは米国にとって中国に次ぐ貿易赤字相手先で、トランプ大統領は予てより、EUによる米国の大手ハイテク企業に対する締め付けやEU諸国による付加価値税率(VAT)の高さが事実上の非関税障壁であるとして、不満を表明してきた。EU側は米国との交渉を優先しつつ、関税協議が決裂した場合に備えて報復措置の準備を進めている。EUの報復措置には米共和党の有力議員の地元に関連した物品が多く含まれ、米国側に関税協議での譲歩を促す意図があったが、米国側は逆にEUへの圧力を強めている。

米中合意の経緯から米国が強硬スタンスを維持するのは難しいとの見方もある。だが、重要鉱物資源などを依存していた中国と比べて、EU側の交渉上の立場は弱い。EUからの製品輸入が滞った場合に米国の経済活動が大きく滞ることはない。また、交渉が決裂した場合にEUが中国に接近するのを恐れて米国が譲歩するとの見方もあるが、長年EUを観察してきた筆者の立場からすると、EUの米国離れはあったとしても中国接近は想定し難い。

トランプ大統領の発言は交渉を有利に進めるための戦略の一環とみられるが、両者の見解の隔たりは依然大きく、自動車輸出のほぼ全量に低関税枠が認められ、上乗せ関税なしで決着した英国と比べて厳しい条件での合意となる可能性が高い。場合によっては、第一期トランプ政権の際と同様に、米国がこのままEUに高関税を課し、いったんはEUがこれに報復措置で対抗し、その後に協議の末に低関税で落ち着く展開となる可能性もある。

筆者は相互関税発表後にユーロ圏の景気見通しを引き下げたが、米中間の関税引き下げでの合意を受け、年後半の成長下押しの度合いが弱まったと判断し、景気見通しをやや引き上げたが、米EU間が報復の応酬に発展する場合、改めて成長率見通しの再考が必要になろう。

(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)田中 理)