5|導入プロセス
ジョブ型人事制度の導入は、多くの企業で段階的に進められている。まず管理職層や特定の部門で試行し、フィードバックをもとに全社へ拡大するケースが一般的である。また、労使協議や社員研修を通じて従業員の理解を促し、制度のスムーズな導入を図るとともに、激変緩和措置等で柔軟な運用が行われている。
▼共通する取り組み
(1) 段階的な導入
前稿においても触れたが、多くの企業は、ジョブ型人事制度を全社に一斉に導入するのではなく、まずは特定部門や管理職層に限定して導入し、徐々に拡大する段階的なアプローチを採用している。これにより、初期段階で発生する課題の特定と改善が可能である。例えば富士通や三井化学は管理職層から着手し、段階的に拡大した。また、企業によっては、実験的に特定部門で導入し、その後全社的に拡大するアプローチも見られる。
(2) 労使協議の実施
制度導入前に、労働組合や社員代表と協議を重ねるプロセスが共通している。これにより、社員の不安を軽減し、導入後のトラブルを防止する。例えば、ライオンや資生堂では数年かけて労使協議を実施し、制度導入に向けた土壌を整備した。
(3) 社員研修の実施
新しい評価基準やキャリアパスの理解を促進するための研修が行われ、多くの企業が社員に対して説明会を実施している。富士通では、ジョブ型の評価基準を社員に周知するための研修プログラムを導入した。
▼独自性のある取り組み
(1) 柔軟な労使協議
メルカリのように労働組合を持たない企業は、全社集会や制度説明会を通じて、CHROや担当者が自ら社員に制度の説明を行い、フィードバックを基に制度を柔軟に改善していくという方法を取っている。
(2) 企業統合後の制度統一
三井化学は、M&Aにより買収した会社との人事制度を統合する際、画一的なルールではなく、相手企業の人事制度の良い部分を取り入れて柔軟に対応する方法を採っている。
▼まとめ
・段階的な導入により、初期の課題を特定して対応策を講じることで、全社展開時の混乱を防ぐことができる。
・制度導入の前提として、労使協議を丁寧に行うことで、社員の納得感を高め、円滑な制度導入が実現できる。
・全社的な制度導入後も、フィードバックを受けながら、必要に応じて制度の改善を行う企業が増加している。これにより、長期的な制度の安定運用が図られている。
全体を通したまとめ
以上、前稿とあわせて、ジョブ型人事指針における各企業の取り組みを概観した。特徴他をまとめる。
(1) 導入目的の多様性と共通性
導入の目的は多様だが、従前のメンバーシップ型人事制度では、様々な変化に対応しきれなくなったことが背景にある。具体的には、業績、グローバル化、DXの必要性、合併対応、従業員の転職等である。これらを放置しては持続的な成長が難しいという危機感があったのだろう。現有の人材を起点とするのではなく、経営戦略を起点としてバックキャストした組織作り、ジョブ定義というのが特徴的である。
(2) ジョブ型人事の骨格は区々
企業ごとに事情が異なることもあり、導入範囲や、ジョブの等級、報酬、評価等は区々である。段階的に導入して全社に広げるアプローチが多くみられる。従来の年功序列型から、職務の責任や難易度に応じたものとなり、透明性を高めることとしている。ジョブの等級の数や範囲は企業ごとに異なる。報酬面では、同一ジョブでシングルレートであったり、レンジ級であったりと、これも区々である。評価に関しては、給与面まで成果に応じて増減するような建付けの会社もあり、欧米型のジョブ型と異なり、成果主義的要素等が混在しているケースが見られる。また、社員の成長と成果を促進するための仕組みが整備され、数量面だけでなく、行動や長期的成長をも評価対象とするケースもある。また、定年制度を見直す例もある。
(3) 自律的なキャリア形成の促進等
ジョブに基づいた柔軟な人材採用が進められている。新卒採用だけでなく、経験者採用が重視され、特に即戦力となる専門人材の確保が重要である。中にはCxOクラスを外部から調達するケースもある。キャリア自律支援の面では、社内公募やキャリア開発プランの充実により、社員が自らキャリアを選択し、自律的に成長できる仕組みが整備されている。それをサポートする1on1ミーティングやその前提となる管理職の育成・指導能力の伸長も必須である。年齢にとらわれないため、若手の抜擢がある一方で、降格もこれまでより頻繁に発生するが、報酬の減少等に関して激変緩和措置を講ずる例が多い。一方、再チャレンジの制度も整備されるケースもある。
(4) 権限移譲とHRBP
現場のマネージャーに人事に関する権限を委譲し、採用・昇進・配置等を判断を任せる一方で、人事担当者が現場で人事面でのサポートをする、HRBPとして機能させる、脱中央集権化のケースが多い。また、HRテックを活用し、人事関連業務におけるデータ活用による効率化、迅速化、透明性の向上させている。
(5) 段階的な導入と労使コミュニケーション
時間をかけて合意形成するケースが多く、従業員の不安を払しょくする丁寧な説明がなされたとされる。なぜ、ジョブ型が必要なのかという(会社が危機的状況にあること等)ジョブ型導入により社員に不利益変更が生じうることも包み隠さず説明することが大切とする例もあった。
加えて、組織文化とエンゲージメントの向上を意識した取り組みも見られる。個を重視するようにシフトをしつつも、組織全体の一体感も大切にしたいという思いを述べる事例もあった。