薄れゆく夫の記憶。

部屋の外には、男性のもう1つの趣味だった盆栽が並んでいました。小さな盆栽が棚にぎっしりと並んでいます。

記者:「小さな立派な盆栽がいっぱい。お父さんが作ったんですか?」
男性:「自分で作った。作ったんや。自分で。なーん下手やから」
記者:「いやすごく上手ですよ」

盆栽の記憶は今も残っているようです。この直後、思わぬ展開に私たちも驚きました。

記者:「お父さんが出て行っちゃう!」
男性が外に出て行ってしまったのです。大丈夫なのでしょうか?

妻:「だれの靴でも履くのよ。私のサンダルをまた履いて行った。外に出ても、日中は外に行きませんので」

不思議なことに日中については、男性が自宅の近くを離れて遠くへ行ってしまうことはないといいます。

先日の大雪の際は、自宅の前に積もった雪を、1人で用水路まで捨てに行ったといいます。

自宅の外に出た男性は、盆栽棚の上に積もった雪を、黙々と下ろし始めました。

男性が履いていたのは行方不明になった時と同じ、妻のサンダルでした。

妻:「何か良い方法あります?たくさん見とられるでしょ?何かいい方法ないですか?」

行政からはデイサービスを受けるよう勧められているといいます。

妻:「私はこの人、絶対だめだと思うんです。施設に行っても」

夫婦に子どもはいません。

妻:「何か家で夫をみられるいい方法がないかと思っている。私が最後まで、夫を完全にみたいと思っている」

記者:「それはどうしてですか?」
妻:「寂しいというのもあるし…心配なんです」

行方不明になる高齢者の家族はそれぞれが答えのない現実を突きつけられています。今までできていたことができなくなったり、物忘れがひどくなったりする認知機能が徐々に低下する認知症のメカニズムは完全には解明されていません。

認知症の高齢者は、厚生労働省によると2025年に730万人に上ると推計されています。また、富山県の65歳以上の高齢者を調査したデータをもとにおこなわれた研究では、2045年には認知症の高齢者が25%を超えるとする推計データも報告されています。まさに誰もがいつの日か“消える高齢者”となりかねない状況なのです。

“消える高齢者”をなくすにはどうしたらいいのでしょうか?引き続き取材を続けます。