戦争体験者が年を追うごとに少なくなる中、81年前の「富山大空襲」の記憶をどう伝え続けていくか。富山の高校生たちが新たな取り組みを始めました。81年後のいまを生きる私たちにできることを考えます。
富山大空襲の語り部 稲垣よし子さん
「これみんなB29ですけど、飛行機がずっと隊を組んで、その時バリバリバーンヒュー。もう怖くて顔もあげれないのでうついむいて、そういうのが111分続いたんです」



今から81年前、富山市の中心部は一夜で焼け野原となった富山大空襲。空襲体験者たちの記憶を絵にしたのは、戦争を知らない高校生たちです。
富山国際大付属高校 西田七虹さん
「自分たちで体験を聞くだけじゃなくて、アウトプットしながら絵を完成させることで、体験に色が付くような感じがしてますね」

1945年8月2日未明。富山市の市街地は、米軍のB29による爆撃を受けました。約3000人が犠牲となり市街地の99.5%が壊滅。地方都市では最大規模の被害でした。

西田七虹さん(2024年7月取材)
「みんな何歳ですか、10歳?10歳と言う声が聞こえましたが、私のおじいちゃんは10歳で戦争を体験しました」

2年前から富山大空襲を語り伝えているのが、富山国際大付属高校の西田七虹さんです。体験者の祖父、母とともに3世代の「語り部」として活動してきました。

西田さんが中心となって去年8月から始めたのが、空襲の記憶を絵に描き伝える活動です。
富山国際大付属高校 西田七虹さん
「戦争を体験していない若い世代や高校生が描くことによって、人の心を動かすことにつながると思いますので、よかったら是非皆さん描いていただきたいです、よろしくお願いします」

参考にしたのは、広島市の高校の取り組みです。被爆者の証言を聞いて絵にすることで記憶をつないでいます。
西田さんの高校の美術部でも、富山大空襲で父を亡くした稲垣よし子さん(90)ら体験者から話を聞き始めました。
富山大空襲の語り部 稲垣よし子さん
「父親がいないもんだから、河原を探しているわけね、死体がいっぱい並んでいる所をひとり一人を探している場面とか。本当に呆然としてしまっている、佇んでいる焼け野原に」

美術部 大塚彩音さん「うーん」

どんな場面を描けば、戦争の悲惨が伝わるのか、記憶をつなげられるのか、ひとり一人悩みながら富山大空襲と向き合いました。
パキスタン出身のナディーム・アイナさん。パキスタンは去年もインドからの空爆を受け、戦争を身近に感じています。
美術部 ナディーム・アイナさん
「お母さんの知り合いがちょうど爆弾が落ちたところの動画を送ってきて。本当にドカンいう音とかだったんで、普通に聞くの怖かったんで流さないでって怒ったんですけど」
「富山って本当に空襲が起きたことを忘れるくらい何も残ってなくて、自分の絵でちょっとでも変化が起きたらなって思って」

生徒たちから絵の相談を受けていた稲垣さんがそっとつぶやきました。
富山大空襲の語り部 稲垣よし子さん
「言葉は消えるけど絵は消えないからね」
この活動を企画した西田さんは、祖父の佐藤進さんの体験を描くことにしました。
西田七虹さん
「これおじいちゃんとするやん。防空壕から出ました。ピーっときて、道出て、田んぼからこう行ったんだよね」

西田さんの祖父・佐藤進さん
「これ道だよ」
西田七虹さん
「知っとるよ」
111分間の爆撃の間、進さんは降り注ぐ焼夷弾から逃げ、兄と川に飛び込みました。
その後、腰を抜かした妹を抱きかかえて母が川に飛び込んできて、家族は命をつなぎました。
西田さんの祖父・進さん
「七虹たちに話をしたなかで一番クライマックスのシーンなんですよ。小遣いはあげられないけど。ありがたいですね」

しかし、進さんは絵の完成を待たずに、2025年11月、90歳で亡くなりました。

西田七虹さん
「もしお母さんと妹さんが亡くなっていたら、もしかしたら、おじいちゃんの人生は何か違っていたのかなって思って。誰にも話すことができず、ふさぎこんでいたのかもしれないなっていうのを思って。小さい時から聞いている中で一番印象に残っているシーンです」
体験者に話を聞き始めて8か月。4月27日、高校生たちが富山大空襲を描いた作品が完成しました。
美術部 ナディーム・アイナさん
「やっぱり悲しいし、絵に表すの40回ぐらい塗り直した。表したくて、苦しい感じを。誰かの心の中にずっとあり続けてくれてたらって思いました」

何を描こうか悩んでいた生徒は、当時10歳だった稲垣さんが焼け野原でぼう然と立ちつくす場面を描きました。

富山大空襲の語り部 稲垣よし子さん
「これ描いたんだね。悩んでいたからね、あなた。どういう風に表現しようかと思ってね。ぼう然としてしまって、悲しみに打ちひしがれて立っているという」
美術部 大塚彩音さん
「解釈の幅を広げてほしくて、あえて後ろ姿だけ描きました」
もう一人、稲垣さんの思いを絵にした生徒がいます。
美術部 古川優香さん
「朝焼けが妙にきれいだったとおっしゃられてたのが凄く印象的で。生き残ったからこそ、自分は今後生き続けなきゃいけないなっていう感じの希望もあったり、もう一回朝が見れたんやっていうものあったり」
富山大空襲の語り部 稲垣よし子さん
「生きる力っていうものも一緒に伝えてもらえたっていうことは、本当にすごい絵になったなと思って」

高校生で富山大空襲の語り部活動をしている西田さんは、これから絵とともに祖父の体験を伝えていきます。
富山国際大付属高校 西田七虹さん
「これまで戦争の体験を聞いたことがない人の方が多いと思うので、どんな景色何だろうなっていうのを考えた時に、絵があれば想像力の手助けになるんじゃないかなと思っています」

ひとり一人が悩みながら向き合った「富山大空襲」。忘れてはいけない記憶と思いを自分たちのやり方でつないでいきます。


【追記】完成した作品は、西田さんの語り部活動で富山大空襲を伝えるために活用されるほか、毎年8月に県が開催している「戦時下のくらし展」で展示される予定です。










