「どんな気持ちだったのか?」 時代を越えて心を寄せて

被爆後すぐは救護所として使われた本川小学校ですが、翌年2月には、授業が再開されていました。

村上信五さん
「これはすごいな。壁とか…。そして、どんな気持ちで授業を先生もしてたのか、子供たちも授業受けてたのかっていうね。それぞれに必ず何かしらの影響はあったでしょうに」

VTRを紹介した後、村上信五さんは、2種類の感想を話しました。

村上信五さん
「何度も何度も広島に足を運ばせていただく機会を得て、やっぱり土地勘が少しずつ掴めてきた側からすると、爆心地からの距離感。何百メートル、何キロっていう、被爆者の皆さんのお話もそうですけど、この距離感でまあ、こういうことがあって、この1キロ圏内ではこうで、2キロ圏内ではこう、3キロ圏内ではこう…ということがわかってきました」

村上信五さん
「今朝の資料館、見学の途中で、お父さんとお子様と少しお話させていただいたんですよ。そしたら北海道は札幌から、今日・8月6日のことを学びたいと、でお子様にも体験させたいということで、まさに8月6日を狙って来られたんですって。でお子さんに伺ったんですよ、どうでした?と。昨日から来られて、原爆資料館など他にも回られたということでしたので。お子さんに聞いたら、もう答えは本当にシンプルで、『怖い』っていう答えのみだったんですよね。

村上信五さん
「でも、それは率直な感想だと思いますし、じゃあもし明日、現実にこんなことが起こるって想像できる?って話してたら、それはやっぱ『全く想像できない』と。だからやっぱり、そういう世代の子たちに、改めて平和って何だと思う?って聞いても、きっと質問が大きすぎて、答えられないよな、というのも思いましたね。そう意味では、被爆者の方が直接伝える言葉の強さ、重さ、説得力っていうのは、当然あると思うんですけども、我々世代が間に入ることによって、より若い世代の子たちに、もちろん怖くはあるけれど、その怖さ、恐ろしさ、苦しさ、辛さの…内訳と言うんですかね、そこをもう少し僕らがほぐしながら伝えていかなきゃいけないのが、我々世代の役目なのかなというのは、今日朝、いろんな方とお話させていただいて、ちょっと思い改めた部分ですね」