広島と長崎に原爆が投下されて81年。しかし、その被害は、6日、9日だけで終わるものではありません。原爆投下から間もなく、脱毛や下痢などを訴える被爆者が増え始めました。原爆の放射線が地獄のようなきのこ雲の下をやっとの思いで生き抜いた人たちを蝕んでいました。
被爆から、数ヶ月後、広島市内の救護所には、突然体調を崩した被爆者が大勢運ばれてきました。
爆心地から2.4キロ離れた広島市西区にある大芝国民学校(現・大芝小学校)。原爆投下後、かろうじて倒壊を免れた校舎は、臨時の救護所になりました。
1945年10月に撮影されたフィルムには、救護所だった大芝国民学校の様子も記録されています。



































