誰にも語れなかった“8月7日”の記憶

「8月7日の日です。同じように暑い日でした。学校からの通達で、己斐国民学校に被爆した1年生で、命からがら逃げてる人もいるから、探しに行ってこいっていう通達があったの」
たどり着いた己斐国民学校は、市の中心部から避難してきた負傷者でいっぱいでした。
満ち溢れるうめき声の中から、ふと、か細い声が聞こえました。
「私を『小泉さん』(旧姓)って呼ぶ声がするの。見たら、1年生でうちの同じ町から(第一県女)へ行った“ゆきちゃん”っていう1年。その子なのよ」
ただ、誰なのか、すぐには分かりませんでした。



































