爆心地から3.7キロ 当時の気象台の建物に今も残る原爆の痕跡

江波山気象館(旧広島地方気象台) 広島・中区

RCCウェザーセンター 岩永哲 気象予報士
「当時の気象台の建物は、爆心地から3.7キロほど離れた小高い山にありました。原爆による爆風に襲われたものの、気象の観測機器は途絶えることなく、当時の広島の気象データを記録していました」

当時、気象台だった建物は、現在は気象をテーマにした「江波山気象館」という博物館になっています。江波山気象館は1934(昭和9)年から1987(昭和62)年まで気象台として使われていました。

今も残る爆風で部屋の内側に曲がった当時の窓枠

内側に曲がった窓枠のフレームや、割れた窓ガラスの破片が突き刺さったままの壁…。館内には、原爆の爆風による痕跡が残っています。また、原爆による被害や影響について当時の気象台職員が調べてまとめた様々な資料も数多く残されています。

江波山気象館 脇阪伯史 学芸員

その中で30年以上にわたって原爆に関する気象の資料を調べている学芸員の脇阪さんが確認できていなかったのが、1945年8月6日の観測記録そのものでした。

江波山気象館 脇阪伯史 学芸員
「原本がどこかにあるんだろうなという思いはあったが、これまで私自身も原本を見たことがなくて…」