「自分の街に住み続けたい」コミュニティを残すには
小川彩佳キャスター:
やはり地元の皆さんは割り切れない思いがありますよね。

柏木理沙 記者:
鵠巣地区、その奥の有名な観光スポットの千枚田という場所がある別の地区も取材しました。そちらの男性によりますと、電気は28日になってやっと来たと。そして、今は自宅でお過ごしなんですが、道路の寸断も続いていたので建物の危険度の判定というのがまだなされていないということです。
ただ、「判定で赤(危険)という判定がなされない限りは自分の家に住みたい、そしてこの街がどうなるのか見守っていきたい」と話していました。
そして取材の中、輪島市の外に避難された方が仕事の関係で一時的に輪島市に寄ることができ、避難所を訪れて知り合いの顔を見たい、元気かどうか確かめたいと言って避難所にいらっしゃったんですけれども、感染症を防ぐ観点から中に入ることができず、そうした方たちと再会を果たすことも叶わない、そういった場面もありました。少し悲しそうにしておられました。
ただ、1か月近く経って少しずつではありますが、インフラの復旧の見通しが徐々に立ち始めたことから、市の外に避難している方でも、やはり地元に戻りたい、そういう思いを強くしている方が増えているようにも感じました。
小川キャスター:
地元の皆さんの思いをどう丁寧に汲んで寄り添っていけるのかというところになってきますけれども、真山さんは阪神淡路大震災のときに神戸にお住まいになっていたんですね。

小説家 真山仁さん:
うちは大きな被害はなかったんですが、割と震源地の近いところにいました。
結局あのときから次の東日本大震災、熊本地震、今回ってずっと経験を積んでいますが、地震発生から1か月って最初の避難所でそれなりの地域の人が集まってコミュニティができていった頃ですよね。みんなで頑張ろうって結束力があるし、知っている顔があるっていうことと、やっぱり地元にいるっていうこともすごく安心するんです。
小川キャスター:
言葉を交わすことでの安心感というのもありますしね。
小説家 真山さん:
もう少しプライバシーが欲しい、ゆっくり眠りたいとかそういうことを考えると仮設住宅にはぜひ行くべきなんですが、孤独死があったりして阪神大震災でそこはうまくいかなかったんですよね。東日本大震災の時は何とか仮設へはコミュニティでいきましょうっていうことができた。
ただ問題は、みんなが行けるかどうかっていう問題。皆さん帰りたいって言うんですが、住むことができても職場がなかったり、仕事がなかったり。遠くの職場まで通うのかという問題があります。
1か月で全てが元の生活に戻るのはなかなか難しいとなると、まず鋭気を養うために仮設に行き、復興住宅ができればそこに移るっていうことが重要です。そのときに地元ってコミュニティがすごく大事なので、何とかそのままずっとコミュニティが続くような努力みたいなことをしないとしんどいと思いますね。
小川キャスター:
これこそ過去の地震で積み重なってきた知見を結集させて臨んでいかなければならないですよね。

















