オレゴンでは「満足のいく走り」を

100m決勝に進むには、3組行われる準決勝で各組の2着以内に入るか、3位以下の選手全員のタイム比較で上位2人(プラス2)に入る必要がある。19年世界陸上ではプラス2の2番目が10秒11(+0.8)、21年東京五輪は9秒90(+0.9)だった。東京五輪は記録が量産された大会で例外的にレベルが高かったが、オレゴンの会場であるヘイワードフィールドも好記録が多く出ているスタジアムだ。9秒9台が必要になるかもしれない。
五輪と世界陸上を通じて日本人の100m決勝進出者は、1932年ロス五輪6位の吉岡隆徳1人だけである。200mでは03年世界陸上パリ大会銅メダルの末續慎吾と、17年ロンドン大会7位のサニブラウンの2人。今回サニブラウンが100mでも決勝進出を実現させたら、日本人では初の短距離2種目ファイナリストの快挙となる。
だがサニブラウンに、そこにこだわっている様子は見られない。
「(決勝に残った実績は)過去ですから。関係ないです。自分はまだチャレンジャーなんで、ここからだと思っています。具体的に掲げているもの(成績)はないですね」
特に100mは17年ロンドン大会も、19年ドーハ大会も「不完全燃焼に終わってばかり」だった。
「満足のいく走りをしたいです。世界陸上など大きな試合でそれをするのは難しいことですが、それでも自分の全身全霊をもって走りたい。そこを含めての勝負なんで。8人で走っているといっても結局、自分との闘いなんです。どれだけ自分を出せるかだと思っています」
日本選手権では中盤以降はスムーズに走れたが、スタートは「ハマらなかった」という。
「出遅れても焦りはしませんでしたが、良いときのガツンとはまる走りができませんでした。その感触を感じながら30mまで作り上げるイメージを持ちたかったです。スタートでハマれば、その後の加速も全然違ってきて、失速する地点も遠くなります」
タイムは強くは意識していないが、その走りができれば「アジア記録(中国の蘇炳添が東京五輪準決勝で出した9秒83・+0.9)くらいは」という気持ちもある。
以前は「世界記録を出したい」と話していたサニブラウン。今もその目標は持っているが、タンブルウィードTCのチームメイトを間近に見て、アジア記録を具体的にイメージできるようになったのだろう。
だが、試合でタイムを狙うことはしない。これはサニブラウンも以前から「“やるべきこと”をやればタイムは勝手についてくる」と、ことあるごとに話している。
オレゴンでサニブラウンが満足のいく走り、つまりやるべきことができれば、日本男子短距離の歴史が変わる。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)