スピードアップを助走にどう生かすのか?

日本選手権で代表を決めた際に橋岡は、上がったスピードを「まだ生かし切っていません」と話した。
「まだ、そこまで助走スピードを上げるメニューをやっていません。オレゴンに向けてもう一段階スピードアップさせながら、さらに良い助走に挑戦するかもしれません」
橋岡の特徴である地面にしっかり力を伝える助走を、速い脚の回転に変更するわけではない。地面をしっかり押すところは変えず、踏み切り前の最後の数歩をリズムアップする。
森長コーチが次のように明かしてくれた。
「東京五輪の上位選手たちを見ても、踏み切り前10~15mくらいはピッチを上げて駆け込むように助走をして踏み切っています。日本選手権前は本来の助走を取り戻すことを中心にトレーニングをしていましたから、脚を回して駆け込む意識のメニューは行っていません。日本選手権後もベースは変えていませんが、さらに脚を速く動かすメニューを行ってきました。ただ、試合と同じ脚の回転はやっていません。動かそうと思えば動かせる状態は作っておいて、あとは試合で集中力が高まったときに実際に出す。決勝で何本か跳んでみて、さらに上の順位に行きたい、という気持ちでアドレナリンが出たときに初めてその動きができます」
リスクもつきまとう試みになる。踏み切り前の動きを変えれば当然、ファウルの可能性が出てくる。1本目からファウルを連発することは避けなければいけない。それで森長コーチも何本か跳んだ後に、という話し方をした。
故障のリスクも、同じというわけにはいかないだろう。
橋岡は19年ドーハ大会の2週間前の試合でケガをしてしまい、跳躍練習ができたのは直前だっ
た。それもあってオレゴンでは目標をドーハ以上と定め、故障をしないで自分の力を出し切りたいと考えた。それを優先すれば、結果を残している“取り戻した助走”を確実に行おうとするだろう。
だが橋岡自身、日本選手権以後はスピードを助走に生かす練習もすると明言した。それは本番で必ず行うという意味ではなく、本番で選択肢を持っておく、ということだろう。
本番で踏み切り前のスピードを上げる新しい助走を行うとしたら、橋岡が“できる”という確証を得たときだ。可能性がどの程度あるのかは予測がつかない。しかし実行に移したときは、橋岡はメダルを狙ってオレゴンを跳ぶ。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)