◆過去の日本の災害では悲劇も

現在の蔡英文政権には苦い思い出もある。2018年9月、台風の影響によって大阪の関西空港への行き来ができなくなった。関空では大きな浸水被害が発生、滑走路が閉鎖され、ターミナルも機能を停止した。また、風に流された貨物船が空港の連絡橋に激突、破損した。台湾人や中国人を含む数千人の旅行者が空港内に取り残された。

この時、台湾人旅行客への支援が十分ではなかったとして、台湾の出先機関の対応が批判された。デマも出回った。大阪の中国の領事館が大型バスを手配して中国人を優先的に避難させたとの虚偽の情報もネット上にあふれた。

とても悲しいことに、その直後、台湾の大阪代表が自ら命を絶った。関西空港での対応をめぐり、台湾で議論が巻き起こり、それに責任を感じたため、とされている。私の友人であり、とてもショックを受けた。

外国で起きた事件・災害であっても、その対応について台湾の市民の目は厳しい。しかも、能登半島地震は総統選挙戦の最終盤に発生した。台湾旅行客への対応がまずいと、メディアが騒ぎ、ネットが騒ぎ、野党側も与党への攻撃材料に使う。

◆中国側が総統選に利用しかねない

そして、今回の総統選挙で警戒されたのは、中国からの介入だった。中国は台湾の有権者に対して、優遇措置を適用するというアメ、一方で、優遇措置を突然、停止するというムチ。いわゆる「目に見える形」の介入があった。

同時に、インターネット上に、世論を惑わすフェイク情報を流し続けたという指摘もある。当然、中国と距離のある与党・民進党の頼清徳氏を攻撃する内容であり、中国と融和的な野党候補への援護射撃とされる。

つまり、台湾の与党からすれば、能登半島地震での対応を、「中国側が選挙戦に利用しかねない」、そういう懸念もあった。中国側がどのように利用したかどうかは、わからない。ただし、有権者の投票動向に大きな影響を与える可能性もあったのだ。

台湾の与党側は、マイナス材料にならないよう、ピリピリしたムードだった。それもあって、日本にある台湾の出先機関の外交官や職員は元日から懸命に動いたわけだ。つまり、台湾総統選挙の舞台は、台湾だけではなかった。日本、能登半島など石川県も舞台、いや舞台だったと、私には見えた。


◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。