各地で進む救助活動 被災地に住む友人は
珠洲市では至る所で救助隊の活動が続いています。
地震の発生から10日が経ち、全国各地から支援が届く中でも、街を歩いているとまるで元日から時間が止まったままのようです。
高校時代の同級生で珠洲市飯田町に住む真脇魁さん(26)。真脇さんも家族や親せきが家に集まる中、地震に遭遇しました。
真脇さん
「兄貴の家も妊婦の嫁と子ども3人で走って逃げてきて、津波来るって言って。妊婦やし走れんがいね?車で逃げようとしたけど、周りの家の倒壊で、車で走るとこなくて」
平記者
「どんな揺れやったけ?」
真脇さん
「立っとられんどころか座っとられんというか…地面ボンボンって浮いてくるし、電柱倒れそうになってくるし」

真脇さんの自宅は倒壊こそしなかったものの、1年ほど前に海のすぐそばに建てた兄の家は津波にのまれたということです。
取材中にも玄関の扉が倒れてきそうになりました。家の中には大量の土砂が残り、どこにどの家具があったのかも分からない有様でした。

真脇さん
「時が進んでいないというか、周りをみて。あとは避難の事考えると一日一日がすごく長い」
平記者
「子供たちの様子どうやった?」
真脇さん
「トラウマになって…もう小学校1年生やったらわかるし。金沢行って避難してから津波の絵を描きだしたって聞いた瞬間に、あいつらのメンタルも心配なってきて…」

真脇さんは去年5月に珠洲を襲った震度6強の地震後、自分も被災する中、ボランティア活動で復興に向けた一助を担いました。
しかし、今回の地震は一般の人ではとても手に負えないと話します。
真脇さん
「俺が手を付けられるレベルじゃないから、役所の人らとか消防の人らとか、いろいろな人らが被災者であるにも関わらず、その人らも全壊しとるとか津波にあっとるとか、家族亡くしたとかいう人らでも仕事をせざるを得ない状況やし」
それでも真脇さんは、物資を輸送する車のパンクの対応などを行い、少しでも支援が届くように活動しています。
珠洲に幾度となく襲いかかる地震、そして今回の津波。
真脇さんは今、珠洲に住み続けたいという思いと葛藤しています。

真脇さん
「残りたいなとは思っとるけど、残ってどうするんかということと…俺は残っても、家族は安全な所に行ってもいいかなと思っとる。俺はちょっと残って…まあ今はあんまり考えられないけど、できることはあるんじゃないかと思ってみたりする」
平記者
「珠洲好きけ?」
真脇さん
「珠洲は大好きやね。この土地から離れるのが嫌というか、一方で若い人たちは多分残らんやろうし」
私自身、大学から金沢で暮らしていますが、もちろん奥能登が大好きです。しかし、今回の地震で家族が能登町にずっと暮らすことに初めて不安を覚えました。
また、被災地を取材し金沢に戻ると市内でも被害があったとはいえ、日常が続いている状況に同じ県内とは思えないギャップを感じて戸惑いました。
り災証明の受付なども始まっている自治体もありますが、「この先どうするのか」についてはまだ考えられない人も多くいます。
復興に向け前に進むといっても何処に一歩目を踏み出したらいいのか分からない現状です。