取材を通じ見えてきた「台商のバランス感覚」

台湾と中国の緊張関係に世界が注目し、日本でも「台湾有事」という言葉が広く使われるようになった今、中国で暮らす台湾の人たちは今回の総統選でどのようなリーダーを選ぶのか知りたいと思った。台湾と中国は政治的には対立する一方、文化・言語など多くの共通点を持ち、ビジネスや民間の交流でも切り離せない存在である。その狭間で生きる台商の彼らから(中台)両岸の安定的な関係を望む声が多数聞かれたことは、ある意味当然なことだと感じた。

実はこの台商たちの取材は難航を極めた。雑談ではいろいろな話を聞かせてくれる彼らだが、いざカメラを向けての取材となると、口を閉ざす人がほとんどだった。台湾と中国の関係を口にすることは、ダイレクトに彼らのビジネスや立場に影響する。中国を批判すれば中国当局に睨まれ中国でのビジネスが立ち行かなくなるかもしれないし、中国に寄りすぎた発言をすれば台湾にいる台湾の人たちの批判の的になるかもしれない。

そのリスクを理解しているからこそ政治的な発言を避けるのは、台湾と中国を行き来しながら中国で生計を立てる台商ならではのバランス感覚だろう。台湾の一般の市民たちがカメラの前で堂々と政治的意見を述べるのとあまりに対照的な姿に、台商の置かれた複雑な立場を想像しないわけにはいかなかった。 

中国で暮らす「台商」は約20万人。その多くが総統選のために台湾に帰り票を投じるという。中国に暮らす台商たちの投票行動が、今後の台湾にどんな影響を及ぼすのか、注視したい。

JNN北京支局カメラマン 室谷陽太