第1位 新しいテーマ「記憶の場」
世界遺産的大ニュースの第1位は、新しいテーマ「記憶の場」が登場したことです。世界遺産は時代と共に、新しいテーマや概念を生み出してきました。たとえば90年代初頭に生まれた「文化的景観」というテーマ。自然の地形を生かして人が作り上げた景観について、「自然と人間の共同作品」としての価値を認めることになり、たとえば棚田などが世界遺産に登録されるようになりました。今では、「〇〇の文化的景観」という世界遺産がたくさんあります。
リヤドでの世界遺産委員会では「記憶の場」という、これまではなかったテーマの世界遺産が初めて登録されました。それがアルゼンチンの文化遺産「ESMA博物館と記憶の場―かつての拘禁、拷問、虐殺の秘密収容所」です。1970年代から80年代にかけて、アルゼンチンの軍事政権が自国民への大弾圧を行い、死者・行方不明者は3万人に及ぶとされます。ESMAとは元海軍技術学校(Escuela de Mecánica de la Armada)の略。弾圧の舞台になった秘密収容所のひとつで、現在は博物館になっています。こうした人類にとって「忘れがたい記憶」の舞台となった場所を、「記憶の場」として世界遺産にしていくという方針が打ち出され、その最初のケースとなりました。

登録が決まった瞬間、アルゼンチン代表団のメンバーは涙を流し、今も軍事政権時代の傷跡が深く残っていることがうかがえました。


さらに推定100万人が殺害されたアフリカ・ルワンダ内戦の現場などが、「ジェノサイドの記憶の場 : ニャマタ、ムランビ、ギソッチ、ビセセロ」(ルワンダ)として世界遺産に登録。またベルギーとフランスが共同で推薦した「第一次世界大戦(西部戦線)の追悼と記憶の場」も登録され、「記憶の場」に関する世界遺産が3つも生まれたのです。
審議のときに多くの国が訴えていたのが、「今こそ、平和を求めるメッセージとして、戦争の悲惨さを伝える「記憶の場」を世界遺産にするべき」というものでした。
ロシアやウクライナという地名こそ出さないものの、ヨーロッパを舞台に戦争が行われつつあることへの危機感が、「記憶の場」が次々と世界遺産になった背景にあります。人類にとって普遍的な価値を持つものを登録するのが世界遺産ですが、このように時々の国際情勢とも決して無縁ではいられないのです。
執筆者:TBSテレビ「世界遺産」プロデューサー 堤 慶太