久保田長利さん:
「死んでたものが生き返るって感じかな」

ラジオへの思いは久保田さん自身の人生に重なります。

久保田さんは高校卒業後、松本市の工場で30年間、ブラウン管テレビ用の半導体製造に従事してきました。

しかし、テレビ放送が地上デジタルへ切り替わるのに伴って職場が閉鎖。


2005年ごろ、材料の仕入れを担当する部署に配属されますが、畑違いの業務に過労も重なり2年後にうつ病と診断されました。


久保田長利さん:
「うつって、気力が何もなくなっちゃう病気だからね。極端なこと、生きる気力すらなくなっちゃうんだよ。で、医者は『何しろ思ったことを何でもやってみろ』って言う」

久保田さんは、中学時代に拾った壊れた真空管ラジオが物置に置いてあることを不意に思い出しました。

久保田長利さん:
「それで、これを直してみようかなっていう程度に思った。要するに何もすることがなかったからね」

製造現場で培った技術とインターネットで得た情報をもとに独学で修理したところ、ラジオは数十年ぶりに息を吹き返し、力強い音で鳴り始めました。


久保田長利さん:
「うつの病気のリハビリとして、無心になって直して、直した喜びっての繰り返したことが、一番良かったんじゃないかな。多分、そう、だからこれ、治療薬…今として思えば」

ラジオを直しながら久保田さんは自分自身を治していました。