実はガザにある「日本地区」 東日本大震災からの復興願い毎年たこ揚げ

戦闘開始から1か月が経ち、イスラエル軍はガザへの攻撃を強めている。日本でガザ域内の人々やその暮らしについて知っている人はあまり多くはないが、来日した3人によると、実はガザには日本を身近に感じている人が多いという。

ガザ地区で毎年行われているたこ揚げ(去年3月)

実は、ガザ地区の南部ハンユニスには日本からの資金で建てられた学校や保健所、住宅が並ぶ「日本地区」があり、そこでは毎年、東日本大震災の犠牲者の追悼と復興への思いを込めて、地元の子どもたち数百人によるたこ揚げが行われてる。
このたこ揚げ大会は2012年、東日本大震災の翌年からUNRWAの呼びかけで始まり、今年の3月にも実施された。

2015年には、今回と同じように、当時中学生だった3人が来日。被災地の岩手県釜石市を訪問し、地元の子どもたちと一緒にガザの平和と大震災からの復興を願うたこ揚げを行った。

釜石市で行われたたこ揚げ(2015年)とモハメドくん
2015年に来日した3人と引率のラウィア先生

私自身、当時勤務していたNGOがUNRWAのキャンペーン事務局を務めていたことから、このときに来日した3人を釜石に案内し、一緒にたこ揚げを行ったので、よく覚えている。
特に当時14歳だったモハメド君と仲良くなり、日本滞在中、一緒にご飯を食べたり温泉に入ったりするうちに弟のような存在に。無邪気な笑顔が印象的で、被災地で津波の話を聞いて涙ぐむなど、とても心の優しい少年だった。