◆避妊はしていた…が

妊娠を確認するまでに、スオンは2人のベトナム人技能実習生の男性と交際していました。どちらが父親か、すぐにはわからなかったと言いますが、最初に付きあっていた男性にも、その後付き合った男性にも妊娠を伝えており、そのどちらにも「中絶」を望まれていました。彼らが病院に付き添うことはなく、彼女からの連絡がつかない状態になりました。そればかりか、彼女が子どもの父だと思っていた方の男性は、妊娠について相談した彼女に、「そのままにしておいて。僕の方でなんとか考えてやる」と言ったまま、結局何もせず、音信不通となったのです。

裁判でスオンは、避妊を望んでいたものの男性がコンドームをつけなかったこと。そのため、ほかの方法で避妊しようとしていたことを語りました。検察は、結局は父親でなかった男性との「避妊に失敗した」様子までを執拗に問いただし、彼女は絞り出すように「答えづらい」と言いました。


男性たちが証人に呼ばれることはなく、子どもを死なせた女は、男女の間で起きた出来事の全責任を背負わされて、証言台に立っていました。

判決でも、彼女が「母親として保護すべき責任があるにもかかわらず」死亡させた点が罪となるべき事実として認定され、「母親としての自覚が乏しかった」ことが非難されています。

私には、「保護すべき責任がある」のは母親だけだったのか、という強い疑問が残りました。法の下で人は平等に裁かれるはずですが、子どもの父親は法の下からスルリと抜け出て、裁かれることはありませんでした。

ベトナム人技能実習生の実情に詳しい、神戸大学大学院国際協力研究科の斉藤善久准教授は、彼らに対して、より現状に即した性教育が必要だと指摘します。「勉強しに来てるんだから性交渉するな、とか無理ですからね。最初の1ヶ月講習の時に、避妊具や避妊薬が、どういうところで、いくらぐらいで、どんなパッケージで売っています、ということを教えた方がいいかもしれない」


さらに、決して安易にとるべき選択肢ではないものの、望まない妊娠をした場合には「中絶」という方法があります。日本では経口中絶薬は未承認ですが、ベトナムでは薬局で安価に購入できるそうです。つまりこの情報を知らずにいると、「買える」と思っていたものが必要な場面になって「手に入らない」という事態に陥ります。そのためでしょうか、日本でもSNSを通じて違法な売買が行われているようで、摘発が厳しくなってきた今もなお、「誰か持っていませんか?」「欲しい人はメールで連絡を」など、隠語を使いながらのやりとりが交わされています。



私は結審した後の面会で、スオンに「中絶薬を探さなかったのか」と問いました。彼女は、「探したけれども見つからなかった」と答えました。