“籍が汚れる”ことへの抵抗感

菊田昇医師の原稿より:
「特別養子縁組制度は、実母の戸籍に婚外出産の事実を記載することを義務付けている。これでは、『婚外出産を隠す』ことを狙う未婚の母は、(現行の)特別養子制度では彼女の狙いは充足されないから、従前通どおり、虚偽の嫡出届縁組や“子殺し”を選ぶことになろう」

菊田医師の直筆原稿

戸籍に出産の記載が残ることを嫌がり、予期せぬ妊娠をした女性が、出産や養子縁組を拒むのではないか。それによって、赤ちゃんを遺棄するといった最悪のケースに繋がってしまうのではないかと、菊田医師は不安視していました。

1973年に出版した著書の中で菊田医師は、出産が近づいてなお中絶を頼み込む女性のエピソードを紹介しています。

菊田医師の著書(1973年)

「その日、訪ねてきた婦人からも、実情を聞き、殺意を除くべく説得したのだが (中略)この婦人にとって、胎内の赤ちゃんは、死んだと同じ状態で生まれてくれないと困る、という答えが返ってきた。生きて生まれてくると“籍が汚れる”し、(中略)その婦人の境遇では、たえられないことだというのである」
(菊田昇『私には殺せない』1973年・現代企画室)

今以上に血縁や戸籍が重視されていた当時、“籍が汚れる”ことへの抵抗感は相当強かったと見られます。しかし、「特別養子縁組」の制度設計で“産みの母親”の戸籍について議論されることはありませんでした。