一変した 慰霊と伝承の公園
東京・墨田区にある都立横網町公園。震災の際、避難してきた3万8000人もの市民が亡くなった場所です。いまは「慰霊と伝承の公園」とされ、毎年9月1日には慰霊のための大法要が行われます。
その建物の横で、50年続けられてきたもう一つの式典があります。震災ではなく、デマによって虐殺された朝鮮人犠牲者のための追悼式です。
毎年、粛々と執り行われてきた式典が注目されたのは、2017年の事です。

東京都 小池百合子知事
「全ての方々への哀悼の意を述べさせていただくという気持ちには変わりなく、特別の形での追悼文を出すことは控えた」
歴代の都知事が送ってきた追悼文を取りやめると発表したのです。
発端は2017年3月の都議会で、自民党の議員が追悼碑にも刻まれている犠牲者数六千余名という数字を問題視したことでした。
しかし、追悼碑は50年前、都議会全会派が参加した委員会での賛同を経て建立された経緯があります。
追悼文を送らない理由について都知事は「大法要で全ての犠牲者を追悼している」と毎年、判で押したような答弁をくり返しています。
2017年を境に、公園内の雰囲気は一変しました。「6000人の虐殺はなかった」と主張する団体「そよ風」が朝鮮人虐殺の追悼式と同じ時間、わずか20メートル先で新たな活動を始めたのです。そよ風は朝鮮人犠牲者の追悼碑の撤去を求めていました。

慰霊祭というものの、嫌がらせとも思える行動をエスカレートさせていきます。2019年に大きな垂れ幕とスピーカーを外側に向け、「犯人は不逞朝鮮人」「朝鮮人によって家を焼かれた」などと発言。こうした主張は、東京都によってヘイトスピーチと認定されています。
震災から100年の2023年は、時間を大幅にずらして、撤去を目指すと言っていた追悼碑の前で「真実の慰霊祭」を行うと明らかにしました。
関東大震災の虐殺を研究してきた加藤直樹さんは憤りを隠せません。

ノンフィクション作家 加藤直樹さん
「朝鮮人を悼むと、心にもないことを言って、集会を追悼碑の前で開こうとしている。こんなことは許されないと思う。もしベルリンで、ホロコースト追悼碑の前で、ネオナチが集会を開くって言ったら認めるのか?」
関東大震災から100年を迎えた日。「そよ風」のグループが公園の裏口に設けられた専用の通路から現れると現場は騒然としました。
東京都は、状況を見て「そよ風」に集会をあきらめるよう伝えました。追悼碑の前で開催する目的について参加者に記者たちがマイクをむけると…
そよ風の集会 参加者
ーー6000人について?
「あれは全くのデマ」

――碑の撤去の主張を変えたんですか?
「変えたんじゃない。ひっこめてるだけ」
そよ風の集会 参加者
「虐殺はしてません。そんな事実ないと聞いています。日本人側としてはね」

「そよ風」は公園の一角で集会を行っていきました。帰り際、集会の参加者が叫んでいました。彼らの本音があらわれています。
そよ風の集会 参加者
「朝鮮帰れ、祖国の朝鮮、祖国へ帰れ。お前らはゴミなんだよ、クズなんだよ、早く帰れ、日本にいらない」

後日、「そよ風」のブログには「ならず者に屈した東京都」と不満がつづられていました。都とは何度も話し合って企画書も提出したと記されています。
「そよ風」の集会についてどう判断したのか。
都の担当課に尋ねると「個別の申請について詳細は答えられない」「提出された企画書の内容を信じて許可している」と答えました。
問われる 慰霊と伝承
私たちが歴史的な資料を調べる中で偶然出会った文書があります。震災の翌年、当時の東京市の社会教育課長が雑誌に寄稿していたものです。
「私どもはなんといって鮮人諸君にお詫びしたらよいかを知らないものです。天人共に、長く許し難き罪悪と思います。日本人は根本的に生まれ変わって出直さねばなりません」