0.01秒の自己新=日本記録更新の意味

普通の選手であれば最終的な目標である記録と世界大会成績を、最初の世界大会で達成してしまった。日本の陸上界では前例のない成長ぶりと言える。

「東京五輪は世界のことは何も知らず、三浦自身も乗りに乗っているときで、若さと勢いで出せてしまった記録です。それを再現するのは大変なこと。それが基準になってしまうのは、選手にとってはある意味かわいそうなことかもしれません」

だがこのレベルに達してしまうと、記録も国際大会の成績も、上回ることは難しくなる。昨シーズン、それが現実になった。世界陸上オレゴンは予選を通過することができず、自己記録も更新できなかった。

実は昨年のシーズンインした頃、「今年は伸び悩むかもしれない」というニュアンスのことを三浦も長門監督も話していた。それでもDLでは上位で走り続けていた。昨年8月のローザンヌ大会では4位で8分13秒06と、当時のセカンド記録をマーク。9月のチューリッヒ大会も4位で8分12秒65とセカンド記録を更新。世界トップ選手たちと走る経験を積み重ねたことは大きかった。1500mでも3分36秒59(日本歴代3位)と、3000m障害で世界と戦う上で武器となるスピードを培った。そして今年のDLパリ大会で自身の日本記録を更新した。わずか0.01秒のアップだったが、三浦はその意味を次のように話す。

「タイムで見れば0.01秒ですが、今の方が色々なパターンの戦い方をできる手応えがありますし、(世界や思い切ったレースに)挑戦する気持ちも強くなっている。厚みが増したな、と自分でも思います」

長門監督は「在学中に更新できたことがよかった」と言う。「本人は長く競技生活を送り、その中で超えていくのが当然と思っていたと思います。しかし東京五輪がマグレではなかったことを、在学中に示すことができたのはよかったですね」

東京五輪を超えるのに時間がかかれば、次のステージに挑戦するのが後れてしまう。早い段階で世界に近づいた三浦には、世界のトップに挑戦していって欲しい。逸材を預かった指導者の思いが垣間見えた。

完全に世界トップクラスの一員に

昨年のオレゴン大会は、勝負に行くべきところで躊躇してしまったことが、予選落ちした要因だったと三浦は反省する。しかしパリ大会の走りで、オレゴンの課題はかなりクリアできたと感じている。

「ここで攻めたいな、というところで出られる実力と、自信をつけられる内容だったと思います。世界陸上では、まずは自信を持って自分の走りをしていきます。そこにパリでやったみたいな冷静な判断も加えて、確実に予選を突破していきたい」

決勝はどんな展開になるか、予想が難しい。東京五輪も予選よりスローな展開になった。記録を狙うことが多いDLとは異なり、トップ選手たちも勝負だけを考えてのレースをする。

現在、3000m障害は世界記録保持者のギルマと、前回金メダルのS・エル・バッカリ(27、モロッコ)が2強である。その2人がハイペースに持ち込むか、スローで駆け引き重視の展開に持ち込むか。2人の走りがレースの流れを左右すると予想したが、三浦はそうとも限らないという。

「DLでは一番存在感のある2人なんですが、その2人でも世界陸上は、簡単なレース運びはできないと思っています。ケニアやエチオピアは(1国3人)フルエントリーできて、チーム戦みたいなことをするのも常套手段です。国ごとのプライドもあって、戦略的な動きをしてくる。選手個々の色々な思いも走りに現れます。(強い選手の考えだけで)イージーな戦いはできないんじゃないかなと思います」

そこに三浦も、自身の目標とする成績を残すため、どう走るかを考えて臨む。DLパリ大会のようにギルマかエル・バッカリが7分台のペースに持ち込むのか。東京五輪やオレゴン大会のようにスローな展開になって、終盤のスパート勝負になるのか。

三浦本人は「まだまだです」と謙遜するが、三浦もそうした世界のレースの流れに加わって当然の立場になった。三浦の走りを中心にテレビ観戦すれば、世界のサンショーを味わうことができる。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)