"言葉"を失った戯曲翻訳家

朗読群像劇の公演「言葉つなぐ明日へ」は、内容的にも失語症がテーマ。実際にあったことをベースにした内容で、出演者は、失語症や高次脳機能障害で、言葉が思うように発せられなくなった8人が中心です。原作は脳梗塞による高次脳機能障害が残ったルポライターの鈴木大介(すずき だいすけ)さんが担当。鈴木さんは出演もしています。それを脚本にして演出したのは、一般社団法人 ことばアートの会 代表理事の石原由理(いしはら ゆり)さん。石原さんは、こんな経歴をお持ちの方です。

一般社団法人 ことばアートの会 代表理事 石原由理さん
「戯曲翻訳家という仕事をしていました。海外の作品を英語から日本語に翻訳しまして、その翻訳に基づいて、日本語版の台本を作るという、かなり高度な変わった仕事をしていました」

文学座や俳優座、東宝などで公演するための台本を多数手掛けてきた石原さん。本場ブロードウェイやロンドンに足を伸ばしたり、東大の大学院への社会人入学などもあって、多忙ながらも、充実した生活を送っていました。ところが今から10年前、2013年に脳梗塞で倒れたことから、人生が暗転します。3ヶ月の入院を経て、夫とは離婚。また手足の麻痺と失語症が残ったのです。仕事柄、何とかして“言葉”だけでも取り戻したいと思いながらも、自分で書いた筈の台本の意味がわからなくなったり、簡単な英単語も読めなくなったり…。発症後3~4年の間は本当に大変で、落ち込んで鬱状態の引きこもりになったりしたと言います。

"朗読"の発見

しかし演劇の世界に長く居たが故に、ある日彼女にとっての名案を思い付いたのでした。

一般社団法人 ことばアートの会 代表理事 石原由理さん
「朗読をしたら、言葉が良くなるのではないかって思ったんですね。1人で始めたんですけど、本をただただ読むのではなくって、自分が好きなドラマとか映画を観て、その一場面を選んで、そのセリフを書き起こして、その人物たちのセリフを読むっていう練習を始めたんです」

石原さんは、元々身近だった朗読の世界に活路を見出します。カルチャースクールの朗読教室に通ったりもしましたが、そこはアナウンサーなどを講師に迎えて、いかに日本語をキレイに発声するかという、健常者向けのプログラムとなります。そこで石原さんが失語症の自分向けに思い付いたのは、外国語をマスターする時に使った手法の応用でした。

例えば中国語を学ぶ時、台湾ドラマのセリフを書き起こしては、演者になりきって口にすることで、それまで未知の言語だった中国語をマスターした経験があったそうです。失語症になると、長年親しんできた筈の日本語自体が未知の言語に近くなっていることから、同様の方法が有効ではないかと思い至ったわけです。

独自に思い付いたこの方法ならば、失語症の方の多くにも、救いの道になるかも知れない。そしてそれが出来るのは、まずは自分しか居ないと、石原さんは考えるようになりました。

「言葉つなぐ明日へ」で挨拶に立つ石原由理さん

一般社団法人 ことばアートの会 代表理事 石原由理さん
「元々私はプロの翻訳家でしたし、失語症の当事者ですし、朗読の効果を本当に実感している人間ですので、失語症の方々に朗読を教えることができる。で、その他にも、その効果を引き出すことが出来るんじゃないかなと思ったんですね」