涙を流す兵士 ダニーボーイは戦争や平和を意識する歌に

およそ70年前、本土復帰前の沖縄で、日常にあふれるジャズの音色に魅了された悌子さん。未経験ながらもジャズバンドのオーディションに合格し、高校卒業後、シンガーとしてアメリカ軍基地のステージに立ち続けてきました。
齋藤悌子さん
「米軍基地にいるときは、軍人さんのために慰問に来るじゃないですか、有名な歌手が。みんなただで聞けたしね。そういう意味では、本当にラッキーな時代だった、私にとってはね」
悌子さんにとって、基地の中は、英語の発音や一流の音楽を学ぶことのできる最高の環境でした。
斎藤悌子さん
「こういう譜面で歌を覚えて、一生懸命覚えた歌詞ね。こんなふうにして1から10までみんな書いてありますけどね」

客のリクエストに応えるため、歌詞を書き留めた手帳は何冊にもわたります。フェンスの中の華やかな世界で、ジャズに没頭する充実した日々を送る中、よくリクエストで歌っていた『ダニーボーイ』への思いが一変する出来事が起きました。
斎藤悌子さん
「リクエストが来たんでね、そこで歌ってましたら、目の前で若い軍人さんと素敵な女性がね、しっとりと踊ってたんですね、ふっと見たら男性の方が涙ぐんでるんで、どうしてんだろうと思って、歌い終わってから、クラブの方にお尋ねしたんですね。あの方はこういう状態だけど、どうしてかねったら、実はもう彼はすぐベトナムに行くんだよって」

「もう本当つらかったですね、それからもう気の毒でね、もう絶対にも戦争は本当にいけないなって、だからその場面は本当にずっと忘れられないですね」
ベトナム戦争に赴く兵士の悲しみや苦しみ…、そこに初めて触れて以来、悌子さんにとってダニーボーイは戦争や平和を強く意識する歌に変わったのです。