バリ島の棚田

これはインドネシアのバリ島にある世界遺産で、広大な棚田やそこに水を引く水路、さらに水路沿いに築かれた寺院(水路の分岐点に作られることが多く、「水寺院」と呼ばれます)などで構成されます。

バリ島の水路

「トリ・ヒタ・カラナ」とはサンスクリット語で、トリは数字の3、ヒタは繁栄や喜び、カラナは理由という意味で、人間と神と自然という三者が調和することで繁栄するというバリ島古来の思想哲学です。

ティルタ・ウンプル寺院

スバックというのは、水路などの水利施設を管理する伝統的な組合の名称。つまり単なる棚田や水路網だけではなく、水寺院のような宗教的な要素やバリ伝統の共同体や自然観も含めて世界遺産にしよう・・・という高邁な狙いが正式名称にはこめられているのです。しかし、いきなり放送冒頭で「今日の世界遺産はインドネシア。バリ州の文化的景観、トリ・ヒタ・カラナの哲学を表現したスバック・システムです」とナレーションするのは一般視聴者のことを考えるとさすがにツラいので、この回は「バリ島の棚田と水利システム」と意訳して紹介しました。ただし分かりやすくなった分だけ、本来の正式名称が持つ狙いが伝わらなくなってしまうので、こういうケースはどう翻訳するかかなり悩みます。

ちなみに日本の世界遺産の場合は、登録が決まったときに政府が日本語の公式な名称を発表するので、こうした悩みはありません。たとえば富士山なら、発表された名称「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」で放送します。

この名称も、自然遺産ではなく、日本人の信仰対象であり、浮世絵などさまざまな芸術作品で描かれてきたという、文化遺産として世界遺産になった富士山の本質を表しています。
このように世界遺産の名称は、世界遺産としての価値や要素を表現していて、まさに「名は体を表す」ものなのです。

執筆者:TBSテレビ「世界遺産」プロデューサー 堤 慶太