世界遺産の番組を作っていると、時折悩むのが「世界遺産としての名称」です。たとえばドイツの世界遺産で「アウクスブルクの水管理システム」という、日本語としては生硬な感じの名称で放送するものがあります。

ドイツ アウクスブルク

なんでこうなるかというと、新しい世界遺産が決まってユネスコのリストに登録されるとき、その正式名称は英語とフランス語で記載されるからです。上記の例だと、Water Management System of Augsburgが英語での正式名称。Système de gestion de l’eau d’Augsbourgというのがフランス語での正式名称。つまり本来の正式名称が外国語で、それを直訳しているから「水管理システム」といった日本語の表現としては硬い感じになるわけです。

アウクスブルクというのはドイツ・ロマンティック街道沿いでは一番古い街で、中世から商工業で栄え、16世紀には「黄金のアウクスブルク」と呼ばれました。ここは運河を作って近くの川から水を引き込み、街中に水路網を張り巡らせ、水車を回して鍛冶や製粉など手工業の動力としました。街の水路にかかる橋の数は500以上もあり、イタリアのヴェネツィアよりも多いといいます。

アウクスブルクの水路
アウクスブルクの水路
水車

さらにこうした水路網とは別に、600年前にすでに飲料水用の上水道も作られていました。森の湧き水を街まで引いたもので、アウクスブルクの街角には噴水がいろいろあるのですが、そこからこの飲料水が噴きだしていたのです。新鮮な飲み水が貴重だった当時としては、あまりにも贅沢なことで、飲料水の噴水を見た旅人はビックリしたそうです。こうした運河や水路網、さらに水道までひっくるめて「アウクスブルクの水管理システム」という正式名称になっているわけです。

「システム」がつく世界遺産は他にも

この「システム」というのは、結構な頻度で世界遺産の正式名称に出てきます。たとえばAflaj Irrigation System of Oman(英語の正式名称)という中東オマーンの世界遺産。冒頭のアフラージというのはアラビア語で、灌漑システムのことです。irrigationも英語で灌漑の意味。直訳すると「オマーンの灌漑システム・アフラージ」みたいな感じです。

これは山の水源から水路で水を引き、広大なナツメヤシ畑や町に水を供給しているもので、砂漠地帯にいきなり緑豊かな畑が現れるのが、印象的な世界遺産です。やはり水路網だけではなく、さまざまな水利施設が含まれているので、名称に「システム」が付いています。

トリ・ヒタ・カラナの哲学を表現したスバック・システム…って?

上記の様なケースは英語の正式名称を直訳しても、なんとか意味するところは通じるのですが、直訳だと普通の人にとってはチンプンカンプンになってしまうものもあります。極めつけが、Cultural Landscape of Bali Province: the Subak System as a Manifestation of the Tri Hita Karana Philosophy(英語の正式名称)・・・直訳すると「バリ州の文化的景観:トリ・ヒタ・カラナの哲学を表現したスバック・システム」。なんじゃこりゃ、です。