「安い時に買ってますねん 40~50年前に」

Q.中嶋さんの箕面市への思いはどのようなものですか?
「初めて箕面に来たときは、(箕面公園)昆虫館ありますわね、昆虫館のそばに料理屋があったんです、そこで働いてたわけですわ。その時に箕面では「牡丹鍋」いうてね、いのしし鍋ね、お味噌をね、ちゃんとおいしいもんつくって、お客さんがおいしいというようになって、これで商いできるなと思って、料理店をつくって、商いさせてもらったんです。そんなんして、儲けさせてもらったんですわ、市民の方にね。それを結局、箕面市に返したいなと思っています」
Q.延べ板はどのように入手を?
「安い時に買ってますねん。40~50年前に買ってますねん。30kgといいますけど金額にしたら少ないんですよ。今でいうたら2億8000万円になるけど。その当時は3000万円ぐらいのお金ですから、そんなん、子どもに残したってだめ。私も一代限りやと思ってる、飲食店はたいていの場合一代限りですよ。二代続くところは少ない。だから二代続くところは、よほどおいしいとか、なんかなかったら。」
Q.自分のためにお金は使いませんでしたか?
自分のためにつかったよ、わしも。そりゃ日本全国、行ってきたし、東西南北も山も、離れ島もいってきましたよ。世界もあっちこっちいってきましたよ。そんなん、2億や3億、4億のお金なんてちっさいもんでっせ。そんなもんおっきいと思わん、わしは。
さらに話を聞くと、中嶋さんが寄付したのは、箕面市への2.8億円だけではなかったことがわかりました














