5月9日。ロシアにとって最も大切な日“対ドイツ戦勝記念日”。軍事パレードは行われたが、航空機は登場せず、地上兵器も例年に比べ少なかった。しかし、いつもと違ったのは兵器だけではない。世界がプーチン氏の演説にこれほど注目した5月9日はなかったのである。そのプーチン大統領の演説。自国のウクライナ侵攻を正当性するだけで、事前に推測された“戦争宣言”や“勝利宣言”もなく、戦果すらあげることはなかった。
一方で、強調されたのは、今回の軍事作戦が77年前のナチスドイツとの戦いの再来であることだ。演説の一節にも「ドンパスのロシア軍や民兵は祖国の将来のために、この世から大量殺人者やナチスのための場所をなくすために戦っている」とある。しかし、このナチズムとの戦いという言葉で、ウクライナ侵攻と対ドイツ戦を重ねることに抵抗を抱くロシア人もいる。
■「人々は公に自分の意見を言わない方がいいと思っています」
この戦勝記念日、軍事パレードとプーチン氏の演説の後にもう一つ、国民が連帯する催しがあった。“不滅の連隊”と呼ばれる行進だ。これは国が行う一連の行事とは別に、第二次世界大戦の遺族たちが戦没者慰霊のために行う民間のパレード。当初は政治的思惑はなかった。ところがこれにクリミア併合の翌年、2015年からプーチン氏が父親の遺影を掲げ参加し始めた。番組では2012年に“不滅の連隊”を創設したメンバーに直接話を聞いた。
“不滅の連隊”創設メンバー セルゲイ・ラペンコフさん
「私たちは大統領が出席しようがしまいが正直どっちでもいいのです」
純粋に大戦の戦没者への慰霊であり、さらに民間の自発的行いであるにもかかわらず今年は政府がウクライナでの軍事作戦で死んだ兵士も“英雄”としてたたえるとした。これに対しラペンコフ氏は、"兵士をたたえるのなら、ウクライナで亡くなった民間人の遺族も掲げるべき"と異を唱えた。
“不滅の連隊”創設者 セルゲイ・ラペンコフさん
「(5月9日は)政治的信条に関係なく、現在の政治的状況とか大統領であるとか与党であるとか関係なく重要な日です。だから“不滅の連隊”は戦勝記念日に家族の思い出を通じて英雄を思うのです。これは家族の歴史であり、歴史の日付に結びついている具体的な人々の歴史なのです」
言葉を選びながら取材に応じるラペンコフさんに、最後にロシア人がウクライナ侵攻をどう思っているのか尋ねた。
“不滅の連隊”創設者 セルゲイ・ラペンコフさん
「ロシアにはウクライナに親戚がいる人が1100万人もいます。私の周りには賛成している人もいますし、プーチンの支持者なのに反対する人もいます。ただ人々は公に自分の意見を言わない方がいいと思っています」
市民が自発的に始めた行事が、プーチン氏が参加することで徐々に政治色を持ち、今、侵攻の正当化に政治利用されている。しかし・・・
防衛研究所 兵頭慎治 政策研究部長
「5月9日に第二次大戦のナチスドイツとゼレンスキー政権をネオナチといって重ね合わせることに違和感を持っているロシア国民もいることが今のインタビューからわかる」
戦勝記念日の主役といってもいい戦没者の遺族たち、プーチン大統領にしてみれば最も支持してくれるだろう人たち、そこに揺らぎが生じているようだ。東大先端研の専任講師の小泉悠氏はこの日のプーチン氏の演説の中で、この戦いに参加した兵士の遺族年金や社会保障について触れたことに注目する。
東京大学先端科学研究センター 小泉悠 専任講師
「遺族たちがいろいろ意見を持っても、社会保障や年金で取り込むことで何とかなるだろうと思っている。実際メディアは完全にコントロールできている。今までも年金支給年齢引き上げだとか景気が悪いとか色々あったけれど何だかんだ乗り切って22年権力を維持してきたから、今回も乗り切れるんだろうと(プーチンは)思っているだろうし、その可能性は低くはない・・・」
経済制裁も、国民の不平不満にもプーチン氏と国民は“慣れっこ”になっているということか…。