■事件事故の遺族も加害者も追い詰める
池袋母子死亡事故で、最も苛烈な「リンチ」を受けたのが飯塚幸三受刑者(90)だった。飯塚受刑者は、元キャリア官僚の経歴から「上級国民」と罵倒された。

飯塚受刑者の自宅に届いた数十枚の脅迫状。関係者を通じて入手したものの一部を紹介する。
自殺勧告状と題し、「外を歩く際はくれぐれも気をつけて」と脅すもの。「いますぐ死ね。死ね死ね死ね死ね」「死刑が正しい道筋である」「言葉の喋れるゴキブリ」という罵詈雑言。「害虫はコロナにかかって死にやがれ」「中国政府の戦車にひかれて死んでほしい」「ミャンマーの軍事政権に殺されてまえ」という荒唐無稽なものもあった。
さらに、亡くなった松永真菜さんの名を騙る脅迫状もあった。

事故の加害者がいくら納得がいかない振る舞いをしたからといって、本人やその家族に対する誹謗中傷は「私刑」であり、許されることではない。過去には猛烈なバッシングに遭い、自ら命を絶った事件や事故の加害者もいる。
■『木村花さん死んでおめでとう』たった9000円の科料
法務省によると、ネット上での「人権侵犯事案」は212年からの10年間で671件から1736件と約3倍に急増した。
2020年には、テレビ番組の出演をめぐりプロレスラーの木村花さん(当時22)がSNS上で多数の誹謗中傷を受け、自ら命を絶った。母親の響子さん(45)も中傷の被害に遭っている。2人それぞれに対する侮辱容疑や名誉毀損容疑でこれまでに計4人が書類送検された。

侮辱罪の科料は「1万円未満」と駐車違反の反則金(乗用車の場合1万円~2万円)より少額なのだ。
響子さんは国会に参考人として招致され、こう意見陳述した。(一部要約)
「『木村花さん死んでおめでとう』 『地獄に落ちろ』『娘の名前を使って金儲けをしている』と言ってくる人がいた」
「被害届を出すのに44万円、どこの誰かを突き止めるために100万円。ぼろぼろの被害を受けた人が、裁判や警察で被害を軽く見積もられて、二次被害三次被害のような形で傷つけられて、加害者は9000円払って短い形式だけの謝罪文」
「加害者は指一つで人を傷つけて心をえぐっているのにも関わらず、被害を受けた人は普通の生活すらできなくなる」

■被害防止のための「厳罰化」と「教育」 個々人の意識改革
2022年5月現在、国会では侮辱罪の厳罰化が審議されている。「1年以下の懲役もしくは禁錮、30万円以下の罰金、または拘留もしくは科料」という改正案に対し、野党は「政府による恣意的な適用で言論弾圧につながりかねない」と反発。加害目的の侮辱を罰する一方、公共性や真実性などが認められる「批判」の場合は罰しないといった特例を設けた対案を提出している。
木村響子さんは「Remember HANA」(NPO法人)を立ち上げ、子どもたちに対する啓発活動を行っている。公教育からの支援も不可欠だ。
被害者の負担軽減やサポートも求められている。今秋までに施行される改正プロバイダ責任制限法により、発信者の情報開示請求の手続きが簡素化されることが期待されている。大阪府や群馬県などでは被害防止の条例が制定されるなど、自治体レベルでの相談窓口の設置も急務だ。
総務省のインターネットトラブル事例集(2022年)には、こうしたトラブルの予防策として「投稿する前に必ず 『自分が言われたらどう思うか』 を考える」よう呼びかけている。
「人は6秒我慢すると怒りが収まる」とも言われている。誰しもが当事者になりうるSNSの誹謗中傷。日々のささいな心がけが、重大な被害を防ぐ最も効果的な一手なのかもしれない。