■露骨な要求「ボーナス査定されている気分だった」
次から、会食場所が高級店になった。高級和食、フレンチ、中華…。1人につき1万円を超える店ばかりだ。
ある日のことだ。リモノフが身を乗り出してこういった。
「衛星情報センターのあなたの隣に座っている人が分かるような座席表はありませんか?どんな人が働いているのかわかるようなものが欲しいのです」
初めての要求だった。水谷は「私では駄目だから、ホシの職員の中から会食の相手を探すつもりだな」と察した。
「そんなものはありませんよ」
水谷が答えると、リモノフは眉をひそめ、機嫌を悪くしたように見えた。次はもっと露骨な要求があった。
「日本の衛星のターゲットが知りたい。どこを撮像しているのですか?」
水谷は「いろんな場所ですよ」と答え、なんとかごまかした。
すると金の渡し方に変化が出た。これまで10万円だったのが、9万円に減ったのだ。これについて水谷はこう分析する。
「揺さぶりだと思いました。お前は有益な話をしないから、10万円は渡せない。ボーナスの査定をされているような気分になりました」
リモノフは追い打ちをかけた。大森のしゃぶしゃぶ店での出来事だ。
「もうこの関係はやめにしますか?」
リモノフは言った。いらだちがピークに達しているようだった。
「…もう、会うのは終わりにしましょうか?」
繰り返すリモノフに、水谷は沈黙を貫いた。
「あのとき、『もういいです。やめます』って言えば良かったのです。そのときは、結論をうやむやにしたくて、私は何も答えなかった。それが失敗でした」
水谷はリモノフの機嫌を取りたいと思うようになった。衛星センターのデスクの端末に送られてくる海外メディアの翻訳記事に目をつけた。この記事を持ち帰り、水谷自身の解説を加えて、レポート形式に整え、リモノフに渡すようになった。
水谷のたがが外れはじめた。
※総理官邸に迫るロシアスパイ、だまされた内調職員が手口を暴露【第3回】へ続く
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▼竹内明(たけうちめい)
1991年TBS入社。社会部で検察、警察の取材を担当する事件記者に。ニューヨーク支局特派員、政治部外交担当などを務めたのち、「Nスタ」のキャスターに。現在も報道局の片隅に生息している。ノンフィクションライターとしても活動しており、「秘匿捜査~警視庁公安部スパイハンターの真実」「時効捜査~警察庁長官狙撃事件の深層」(いずれも講談社)の著作がある。さらに、スパイ小説家としての裏の顔も持ち、「スリーパー」「マルトク」「背乗り」(いずれも講談社)を発表、現在も執筆活動を続けている。週末は、愛犬のビションフリーゼ(雄)と河川敷を散歩し、現実世界からの逃避を図っている。

















