「辺野古」の文字が消えるも 構図一変で明確になった争点

告示直前、下地氏が自民党本部と政策協定を結び、出馬を取りやめたのだ。

自民党本部との4項目にわたる政策合意の4つ目には、普天間基地の返還期日を明らかにすることが記されていた。それらは「実現に向けて努力する」という合意だった。

両者の間を取り持ったのは鈴木宗男参院議員。地元の沖縄県連が「頭ごし」だと抗議したことに釘を刺した。

自民党 鈴木宗男 参院議員
「国の予算なんです。わかりますね。沖縄の子どもたちや女性や青年のためになるから皆さん『頭ごし』でもいいんじゃないでしょうか」

下地氏は、「任せられない」と強く批判していた古謝氏の支援にまわった。

国政6政党の推薦に、下地氏の票の上積み。古謝氏は、目指す沖縄県庁の前で告示第一声のマイクを握った。

古謝玄太氏
「停滞の県政を前進の県政に変える。国を悪者にして、あるいは大企業、県外の資本、こうしたところを悪者にして沖縄の暮らしがよくならないと、誰かのせいにして今を諦めるのはもうやめましょう」

辺野古に触れることはなかった。

一方、玉城氏が告示第一声に選んだのは、母の故郷・伊江島を望む場所。

2期8年の実績をアピールしたあと、下地氏が下りたことで辺野古の争点は明確になったと、原点に返っていた。

玉城デニー 沖縄県知事
「辺野古は絶対完成できません。絶対反対です。平和だからこそ経済、平和だからこそ勉強、平和だからこそ将来。この思いは、私が沖縄県知事として2期8年間、先人の沖縄県知事、その前の官選知事の皆さんも沖縄を平和にしていきたいんだという思いをずっとつないできたことにほかなりません」

そして、地元・うるま市でも。

玉城デニー 沖縄県知事
「辺野古移設では普天間は返って来ない」

そう訴えるのには理由があった。