辺野古めぐり主張別れる 問われる基地問題
2月、衆院選で玉城氏が支援した候補が全敗。それは、自らの選挙の基盤が脆弱になることを意味していた。沖縄で自民党候補が全勝したのは、小選挙区制が導入されて以来、初めてのことだった。

玉城デニー 沖縄県知事
「全国で『高市旋風』とマスコミでは表現してましたけど、まさにそのような状況に巻き込まれたということもあるんだろうなと思います」

1か月遅れの出馬表明は、辺野古沖事故の犠牲者への黙とうで始まった。選挙戦は、古謝玄太氏、下地幹郎氏と3人を軸に進む見通しだった。
それぞれが経済政策を前面に押し出す中、明確に主張が分かれたのが、辺野古をめぐってだ。

古謝氏は、辺野古が最も早い解決策として容認。下地氏は計画を見直すとし、玉城氏は反対し、なお政府との対話を求めた。
大浦湾では県知事の権限を奪った国による代執行で埋め立てが進む。

玉城デニー 沖縄県知事(2月15日)
「埋め立てが進んでいるということは、一種の負けと言われるかもしれない。しかし、我々が追求していたものは議論されていない。“国が言う通り決めなさい”というのは、地方分権でも何でもない、民主主義でも何でもない。主従の関係が変わらないだけですよと。県知事として不条理は正されなければならない」

とはいえ、経済対策が大きな争点になる中、辺野古を前面に押し出さない。7本の政策の柱から辺野古の文字が消えていた。だが、それが一変する出来事が起きる。














