台湾社会に広がる疑念と「人権」のジレンマ

台湾では、中国と対立する民進党が政権に就いて今年で10年になりました。習近平指導部が台湾への圧力を強めるのに従い、現在の頼清徳政権も反発を加速させています。

中国の侵攻を想定して繰り返される軍事演習は、台湾の対抗手段の代表例ですが、台湾に住む中国人妻たちも警戒の対象になってきました。よく似たケースとして、同じ8月、台湾南部の高雄地裁でも、別の中国出身女性が反浸透法違反で懲役1年6月の一審判決を受けました。

さらに、少し異なるケースですが、次のような出来事もありました。

「台湾東部の花蓮県の集落で昨年8月、中国国籍を保持し続けているとして、村長だった女性が職を解かれました。女性は2022年に村長に当選していましたが、台湾の当局は『公職に就任してから1年以内に、他の国の国籍放棄証明を提出しなければならない』とする法律に違反した、と説明しています」

これはつまり「村長を解任された」ということです。しかし、中国と台湾は互いを国家として認めていないため、中国側が台湾在住の中国出身女性に中国国籍の喪失証明書を発行することは事実上不可能です。いずれにせよ、「中国出身者は台湾で公職に就けない」という結果になります。当然ながら、中国側はこの反浸透法について「正真正銘の悪法だ」と厳しく批判しています。

台湾人男性と結婚した中国出身女性が30万人もいるとなれば、その数が増えるほど台湾社会で活動する場も増えます。有罪判決を受けた彼女たちに共通するのは、台湾において、自分たちと同じ中国出身女性の互助組織を立ち上げたり、影響力を持つ公的・私的地位にあったりすることです。

台湾には司法の独立が存在します。とはいえ、事案を立件するかどうか、起訴するかどうかの判断には、時の政治的な要素が加味されることもあり得るでしょう。それに加え、もう一つ厄介なことがあります。

それは、中国の脅威を日々感じている台湾の市民たちが、中国出身妻たちへ向ける視線に疑念を伴うことです。自分たちの周りに中国出身妻が増え、さらに彼女たちに対し反浸透法が適用されて有罪判決を受ける。それがメディアを通じて広く知れ渡れば、「中国出身女性は、中国共産党のスパイではないか」という疑念も広がります。

ここで少し考えてみたいと思います。台湾では戦後、国民党による独裁体制が長く続きました。やがて民主化を求める運動が起こり、それが今日の自由な台湾につながりました。その民主化要求運動を原点とするのが、今の政権与党・民進党です。独裁体制当時の民主活動家や、運動を支えた弁護士たちが中心であり、彼らがもっとも大切にしてきたのが「人権」でした。

この中国出身妻たちへの有罪判決や反浸透法の適用を見ていると、その「人権」と「台湾の安全」のバランスが今、問われている気がしてなりません。