拓大進学は中曽根総理が関与⁉ 入学後つらかったのは“門限”

相撲を始めたころから突き押しを磨き、地元の七尾商業に進学後は高校相撲金沢大会で2年連続個人戦で優勝を果たすなど実績を残してきた。

大学は、勧誘が「一番熱心だった」拓殖大学に進むことに。

舛田茂さん(元関脇・舛田山)「もちろん日大からも来たし、中央、明治、8つぐらい来たんだけど、親父が変わってて、1番たくさん家に来たという理由で拓大に行った。それでね、中曽根(康弘)さんも関係したみたい。のちの中曽根総理が総長だったんですよ。上のほうで中曽根さんとかやり取りあったのでね。それで拓大に決まって。(大学の関係者が)月に1回ぐらいか2週間に1回ぐらい来てたかな」

舛田さんの拓殖大学進学を中曽根康弘元総理も“プッシュ”⁉

大学での相撲、きつかったのは集団生活ならではの厳しさだった。

舛田茂さん(元関脇・舛田山)「相撲よりもね、寮生活がきつかった。プロに入って分かったんだけど、大相撲の部屋の生活は、なんとなくアバウトだもん。例えば、門限が10時半だとすると、10時40分ぐらいに帰ってくると「参ったよ、車混んでて」なんて言ってそれで通ってたから。大学だと1分遅れたって、もう、みんな連帯責任で怒られる感じだから。きつい寮生活を知ってるから、プロの部屋生活は、稽古以外は楽だったね。」