自宅に帰った良典さん 宣言したのは
12月には退院し、通院で抗がん剤を受けることになった。
家に帰ってきた良典さんは言った。
「俺は仕事をしたい」
いつも通り仕事をして、家族と過ごすこと。それが良典さんの選択だった。店では鶏肉をさばいて、農場では鶏のエサやりと出荷。
敦子さん、21歳の長女、14歳の長男、溺愛する5歳の娘めいちゃんといつものように笑いながらにぎやかに暮らすことだった。
基本的に仕事がメインで、家族との時間はほとんどない。
本当にいつも通り。忙しいけど平凡な時間が戻って来たようだった。
「一つ一つコツコツと出来る事を頑張ろう」
何とか年は越せた。
しかし、通院で受けている抗がん剤はなかなか効かず、良典さんの体の中では病気が進んでいた。
徐々に痩せていくのも分かった。
それでも調子がいいときは出荷先のレストランに家族で出かけた。
「自分たちが育てている丹波赤どりが役に立てているとしみじみと感じ、嬉しくなりました。一つ一つコツコツと出来る事を頑張ろう」(良典さんのSNS 24年1月30日)
2月には抗がん剤で髪の毛も抜け、坂道も階段も登れないことも出てきた。














