黒い雨と闘う高東さんと若い記者の二人三脚
今は「26年夏」のシリーズで、広島原爆忌前日の8月5日紙面には、26歳の井村陸記者が、85歳の高東征二(たかひがし・せいじ)さんとの交流を記しています。
高東さんは、4歳の時に爆心地からおよそ9キロの自宅で「黒い雨」を浴びました。そうした被害者の救済は長年放置され、ようやく1976年に国は「黒い雨被害」の援護対象区域を指定しましたが、多くの人が対象外となり、被爆者認定を求める集団提訴で、高東さんも原告の一人になりました。5年前の広島高裁判決で勝訴して対象区域が広がり、原告全員が被爆者健康手帳を手にしましたが、新基準でも対象外となった人々が2次提訴し、今も訴訟は続いています。
救済のため長年、独自の降雨実態調査などを続けてきた高東さんですが、7年前に脳梗塞(こうそく)を患い、体にまひが残って運転免許を返納し、2年前に担当記者となった井村記者に「わしの足になってくれんか」と頼まれたといいます。以来、2人は二人三脚で1~2か月に1回、黒い雨が降ったとされる地域を訪ね、生存者にあの日のことを聞き取り、記録に残しています。高東さんは「わしの願いは、黒い雨を浴びた全員が、手帳をもらえること」だと語り、井村記者は「これからも調査を続ける高東さんの力に、少しでもなりたい」と記事を結んでいます。
政府が非核三原則の見直しを検討している、と報じられる戦後81年目の夏。もう一度、被爆者の皆さんの思いでもあろう中沢さんの言葉を繰り返して、今日は閉じます。
「人間は忘れるから生きられる。でも、忘れてはいけないことがある」
◎潟永秀一郎(がたなが・しゅういちろう)

1961年生まれ。85年に毎日新聞入社。北九州や福岡など福岡県内での記者経験が長く、生活報道部(東京)、長崎支局長などを経てサンデー毎日編集長。取材は事件や災害から、暮らし、芸能など幅広く、テレビ出演多数。毎日新聞の公式キャラクター「なるほドリ」の命名者。














