終戦記念日と「街の全部が墓碑」の長崎

――なんてことを月曜から悶々と考えているお盆休みですが、明日8月15日は終戦記念日です。この日は、母の実家がある鹿児島の山村で毎年、幼い私を連れてお寺に行っていた、祖母のことを思い出します。

祖母は、二男の良夫おじちゃんを戦争で亡くしました。南方の島に出征して、遺骨すら戻らない戦死でした。これは後に母から聞いたのですが、祖母は終戦後も何年か、門司に引き揚げ船が入ると聞くたびに出向いていたそうで、歌にもなった「岸壁の母」の一人でした。

門司港に最後の集団引き揚げ船が入ったのは1961年、私が生まれた年ですから、私の手を引いていた頃はもうあきらめて、だから終戦記念日には必ずお寺で手を合わせていたんですね。母は「本当に優しいお兄ちゃんだった」と言っていました。

そんな、ぼんやりした記憶がよみがえったのは、最初の長崎支局勤務の時でした。まだ幼稚園生だった私の長男が道で立小便をして(ホントごめんなさい)、通りかかったおじいさんに怒られた日のこと、妻が近所のおばあちゃんに「もう、やんちゃで困ってます」と話すと、そのおばあちゃんは優しく諭すように「ここは爆心地から近くて、たくさんの人が道端でも亡くなったの。だからここは、街の全部が墓碑みたいな所なのよ」と、教えてくださったそうです。妻はハッとして「ごめんなさい」と頭を下げて、帰宅した私にもそのことを教えてくれました。私たち夫婦が、戦争を初めて身近に感じた日でした。