家族3人を亡くした虎治さん 今残るのは出征した父の姿の記憶と叔父が亡くなった時に部隊長から送られた5メートル以上の手紙
宮口虎治さん「昔に馬を飼っていて父はその馬にはねられて胸のところに包帯巻いて。包帯巻いたまま出征していったなと思って。俺はそうすると3歳か4歳になっていたからなんとなく覚えている」

父の政次さんは、終戦のおよそ4か月前に亡くなりました。
宮口虎治さん 「父は台湾の方向へ輸送船に乗っていった。どこの海の底に沈んでいるのか。遺骨ももちろんない」
遺骨が残っているのは、陸軍で病人の看護をする衛生兵だった叔父の正三さんだけです。

宮口虎治さん「正三さんは衛生兵だから。結局熱病のマラリアなどの暑いところだからそういうのでたくさん亡くなっている。そういう看護をしていたら自分も感染した」
虎治さんが見せてくれたのは、正三さんが亡くなった時に現在のベトナムがある地域から届いたという部隊長からの手紙です。

当時の正三さんについての記録も残っています。

宮口虎治さん「まだこんな時余裕あったんやな。正三さんが亡くなる前日に槍術大会したり。残っているのはこれしかない」

5メートル以上にも及ぶ手紙。貴重な戦争の「記録」です。















